軋むベッドでずっと寝ていた非国民の話

引っ越し作業がひと段落ついた。近場での引っ越しだったのでそこまで苦労はなかったけれど、それでも自力での引っ越しは初めてだったので、至る所でてんやわんやした。この記事も、Wifiが届かないアクシデントの中、カフェに逃げ込んで書いている。3月末が締め切りの原稿があったりして今は他の時期に比べると忙しい。でも、書きたいことが山ほどある。


引っ越しに当たって、ベッドと勉強机を捨てた。


新居は1LDKなのだけれど、ベッドは、個室に置くには狭く、リビングに置くものでもないと思って思い切って捨てた。勉強机は単に老朽化していたから捨てた。中学生のときからずっと使っていた机だった。京大入試の過去問を解いたとき、あまりにケアレスミスが多かったときにあまりに苛立ってシャーペンで刺したときの穴だって残っていた。


粗大ごみの捨て方なんて知らなかった。回収も不定期らしいし、困った。今回の引っ越しは、業者に頼むのではなく、バイト先の店長と常連さんに手伝ってもらってバンに載せて運んだのだけれど、二人が、クリーンセンターに持ち込むという方法を教えてくれた。だからそうした。


クリーンセンターは、社会科見学とかでしか行かないような巨大な焼却炉を併設した施設で、トラックなどの車を後ろ向きに駐車し、バックドアから公園の滑り台の2倍くらいの長さのあるスロープへ一気に落とすと、下部のベルトコンベアから吸い込まれるように焼却炉へと運ばれていく。ベッドも、あんな大きな体をして、滑れば一瞬であった。その日の朝まで、体に敷かれ何百晩も睡眠を提供してきた木材を弔う暇もなく視界から消えた。


そのベッドを、殺したような気がした。自らの手で。ただの木材が組み合わさった集合体が灰になるだけ、と思うには不十分な思い出が想起された。それをいとも簡単に、職員に言われるがままに自らの手で投げ込んだとき、当然のように罪悪感が付随した。それが僕には不思議だった。


もちろん、思い出の詰まったものを捨てるときに何も思わない方が無機質で寂しいじゃないかと思ってくれる人もいることだろう。しかし今回、自分が言いたいのはそういう話ではない。僕はそこで初めて、モノですら、自分の手で殺す経験に余りに無頓着だったということに気がつかされたのである。


これがもし、家の前に置いておいて、回収業者が勝手に持って行ってくれるんだったら、この罪悪感だって幾分かマシだっただろう。そうではなく、散々世話になった対象を自分の手で焔の中へ放り込み、その行く末を見届けることもなく車を出して廃棄料金を支払うという流れに、自分の体は慣れていなかった。もっともっと、葬るということに無頓着でありたかった。呼吸だって、ゴミの廃棄だって、会話だって、いつなんどきもどこかの誰かの加害対象なのに、それを日常生活で意識してこなかった人間は、クリーンセンターの木材廃棄ごときで悲しくなるのだという事実が虚しかった。どれだけ自分は、殺害に対し無頓着で生きてきたのだろうと、そんなことを考えた。

実存のいらない社会


こうした経験が、モノであればまだ話はマシなのかもしれない。問題は、その対象がヒトになったときだろう。それは殺害までに発展しなくとも、心を抉られるほどの傷を負わせることくらいは、誰にだってあるはずだ。ないと思う人も、それは見えていないだけだと言われれば、証明しようのない事実に対して口をつぐむしかない。


良い例はきっと死刑なのだろう。自分たちは、目には目を歯には歯を、という訓が大まか正しいことを知っていて、人を殺す者は殺されて然るべきだと思っている。しかしその死刑犯を直接の手で葬る勇気のある人間はどれだけいるのかと言われたら話は変わってくる。この国が民主主義だというのなら、犯人が消えることを望む人間たち全員が、犯人を白昼堂々のもと曝け出し、国民一人ずつが一刺しずつ心臓を抉って殺すのが最も健全な方法と言ったところだ。しかしその一刺しの前に、少しは頭をよぎることがあるはずだ。それは、この人も望んで生まれたわけではない不遇な人間の一人なのだという同情かもしれないし、はたまた、もしこの一刺しの後にそれまでの証拠を覆すような物証が出てきた時に取り返しがつかなくなることの恐怖かもしれない。その一刺しは、その責任を負うことなのだ。それでも害虫を駆除する決断に、実は、正義は内包されていない。


そう考えると、今の社会は、利便性と引き換えに、質量のある武器を捨て去った時代なのかもしれない、なんてことを思う。


ちょうど100年前とか、それくらいの時代までは、武器には人を殺すだけに相応しい質量があったように思う。銃の引き金の反動も、血が固まって切れ味の悪くなっていく刃も、それは人を殺した味を持っていた。しかし利便性が発展する世の中でその質量は徐々に減っていったのは間違いない。今の武器はネットであり、そして電波である。従来の戦争とは、領土や権力といった、何かの対象を追い求めるために「こちら側」と「あちら側」に分けて行う"線形的"な戦争であったのに対し、昨今の戦争は、「あちら側」を自分の納得のいく別の「あちら側」へと強要する行為を線引きのない各所で行う"非線形的"な戦争だと某著で小泉は述べている。*1


ここでいう"線形的"な戦争においては、その軍事力として人間を必要としたぶん、もしかしたらマシだったのかもしれないなんてことを思う。なぜかと言えば、その戦争が"非線形的"なものになればなるほど、人間そのものが邪魔になってくるからだ。非線形的な戦争において、その目的は「納得のいかないあいつを自分にとって都合の良い存在に変える」みたいなことなのだから、その戦争から逃れるためには、一番手っ取り早い方法が「人間でなくなること」だったりするんじゃなかろうか。メロンダウトさんが、それが顕著に表れたものが「Vtuber」だと述べているのには大きく頷ける*2。架空の存在であればどれだけ傷つけようと、また、どれだけ重い愛で支配しようとも被害の存在が発生せず、戦争が発生しないからだ。


きっと我々はあまりにも、自分の不快感情を声高に訴えることを社会運動とあまりに見間違えたのではなかろうか。自分が不快だからあなたが変われ、を正義だと信じて疑わない姿勢が、他者を都合の良い存在に変えるどころか、他者を脱人間化させる方向に運ぶというあまりに本末転倒な結論を迎えるような気がしてならない。自分にもその節はあった。自殺とは脱人間化の究極系なのかもしれない、なんてことを思う。『自殺論』の著者であるデュルケームも、自殺の原因となるアノミーを「無限の渇き」としているわけだが、このアノミーとは即ち、淡々とした日々の中で自分の数センチ前を走る自分のゴーストを追わねばならない絶望による「無秩序」なのだ。絶対的なカッコよさ、というものがない世の中で、正義を各々が持たねばならず、しかしその正義同士が叩きあわねばならない今の方がよっぽど地獄だと感じたとしても、そこに不思議はないようにすら思う。


我々は、敗戦国になり、反省し、武器を捨てた。これは一見、平和のための素晴らしい行動のように思えながらも、人を殺す重みを脳内から消し去ったということにも等しいのではないだろうか。武器の重みを知らない人間が増えたといってもいいかもしれない。自分はそういう時代に生まれた、もしくは育ったのかもしれないと思ったりする。きっと僕は、ベッドを葬った瞬間に国民になったのだ。捨てるものを捨てるべきタイミングで捨てる、その瞬間を自分の手で見届ける人間を、第二次世界大戦中に「国民」と呼んだのではなかろうか。おくにのために死ねと言っても国民は動かないが、敵国との戦争に参加しないなんて非国民だと言われればいとも簡単に人が動く。いつの時代もこれを繰り返すんではなかろうか。変わるのはその武器と目的だけであり、マスクをしないのはマナー違反だと指摘するのは、ウイルスへの配慮が足りない人間への指摘というよりも、夏に暑いからといってパンツ一丁で外を歩き回る人間への指摘と言った方が、感覚は近い。怖いのはウイルスではなく、みんながマスクをしている世の中でマスクをしないこと、それだけである。すでに人は形骸化したファッションとしてマスクを取り入れており、そのファッションで誰かに非難されるのが面倒くさいから家から出ないのが賢明な判断になっていくというのが今の時代であり、そんな世の中で、勇気を出してパンツ一丁で外を歩いてみた経験が、ちょうどこの前のベッド廃棄だったのかもしれない、と思った。


ただ、自分の今の環境に適応するためというだけの行動が、ああ、こんなにも罪悪感を伴うものなのだという経験をしたのだというような気がしてならない。そんなことを、ベッドを捨てただけで考えたのであります。