下鴨の上手な登り方を考える【フリーター1年目の所感】

最近またまた病んでいた。


この時期はきつい。春が僕はもともと駄目である。全部を思い出すから。春にはいい思い出がない。高校の春は友人の自殺、大学の春は自分の自殺企図。冬を乗り越えれば満開の桜というキャッチなフレーズが僕には無意味だ。寒さが乗り越えた先に待つ暖かさが一番苦しい。乗り越えても無意味な寒さは地獄だ。


大学を卒業して約1年になるが、年金と去年秋の精神科通院代を親に補助してもらった以外はなんとか自力での生活に成功した。それでいてバイクを買ったり、来年度から引っ越すことにしたのでその初期費用とか、そんなのを払ううちに一文無しになった。初めての確定申告は、年収が低すぎて「税金払いすぎ」と言われて返ってきた。うける。


仕事を山ほどした。山ほど、というのは、時間量ではなく種類の多さを表す。自動販売機の営業、日本酒製造工場(匂いだけで酔ってやめた)、スーパーの品出し、バスの交通量調査、レアなので言えば結婚式の代行バイトもやった。あとは、大学の頃からバイトしている飲食店でずっと雇ってもらっている。ここは本当にお世話になった。バイトはお酒を無料でくれるから、それに甘んじて、毎日ハイボールを2リットルくらい飲むのを週5でやっているし、自分と同じバイクに乗っている常連さんにカスタムパーツを分けてもらったり、ツーリングに連れて行ってくれたりした。遊び呆けている。

京都の登り坂


またまた話は横に飛ぶ。京都市民以外にはなじみのない話だけれど、京都タワーのてっぺんと、今出川通の標高はほとんど変わらないらしい。緩やかではあるが京都市は京都駅より北に進むほどゆるやかな勾配を形成している。確かに、北に行くのと南に行くのではその自転車の運動量が変わる気がする。北に行くときのほうが、ペダルが重い。


各地の自殺率と標高の相関を調査する研究があったのを思い出す。標高が高いほど自殺率が高いという仮説をもとに統計を取る。確かに、海辺の町よりも山中の町の方が自殺率が高いことはなんとなくデータとして読み取れるらしいが、それを論文としてまとめたのはそれが初めてだったらしい。


結論から書くと、最終的には、自殺率と相関があったのは標高ではなく土地の勾配率だった。坂、すなわち斜面が多い町ほど自殺率が高いというのが有意に認められる。なだらかな道で形成されやすい海辺よりも、険しい道が多い山の町ほど、何らかの病態を抱えた者を運ぶことが困難になり、困ったことがあったときに誰かを頼るのではなく自分で腹を括るという文化が形成されやすいという考察が行われていて、なるほどと頷かずにはいられない。標高が高くとも、高原のようにあたりが見晴らしのいい立地では自殺率はまた減るらしい。


その研究を見てから、坂と死が結びつくようになった。今、一つの働き先が北大路通りにあり、出町柳から北へと自転車をこぐわけだが、そこを登るたび、言われなければ気がつかないような僅かな勾配が人の死に結びついているという感覚が心の中でふっと可視化されたような感覚に怯えることがある。


登るとはそれだけで、覚悟を伴うものだ。

ものを書くということ


僕はものを書くのが好きだ。


作文基質は昔からあった。僕が人生史上一番高い偏差値を取ったのは、全国統一小学生テストの決勝大会の作文の科目だった。確か80を超えていたと思う。今こうやってブログを書いたり、仕事をしていない時間に小説を書いて時間を潰すのも、趣味というより生業と表現した方がカチッとくる。もう1年半も小説を書いて新人賞の結果が返ってきたのは一作だけだから、果てない道だ。それでも書いている。どうしてなのだろう。こんなに誰にも読まれない文章をずっと書いているのはなぜなのだろう。


ものを書くのは好きだが、自分が書いたものを読むのは好きではない。


それは、作品を作っているという感覚の欠如によると思う。僕は、自分の心の中にふと生まれた形にならないドロドロを見過ごして消化することができない。それが形も意味も根拠もない世界の産物であることを恐れている。だから少しでも、それらを、文法という、辛うじてこの世に許された秩序を用いて整列させてやる作業を踏まないと納得できない。今までこのブログを書いたのも全部そうなのである。自分が死んではいけない理由なんてないのに、自分はそれを意図的に紙面に整列させてやらないと生きられない人間なのだと把握している。もちろん思い込みだ。そんなことをしなくとも生きられる。でもそれは一種の宗教の形としてあっていい。豚肉を食べないことに意味がないように、この僕が勝手に入った宗教には「書け」とそこら中に示されているのである。


その整列にしか興味がない。だから整列させることには興味があっても、整列したものを眺めることには興味がない。書いた者にはすぐ興味をなくす。だれかにぞんざいに扱われるのは嫌だからそんなことはしないが、ブログも小説も、書き終わったらその版権など自分にはいらないと思うことが多い。

小説家になりたいと思わない


だから小説家になりたいとは思わない。文章を書きたい、はある。ただそのゴールとして小説家になることを挙げるのはなんというか薄い。自分が書いたものを誰かが読んで心を打ってくれることなんてないと思いたい。それだけで恥ずかしい。僕の心の整列が済んだだけの作業を、嬉々として誰かのためにもなるなんて言ってやりたくない。


小説家とは、職業ではない。


それはきっと概念のようなものだ。小説を書くとは社会貢献でもなければ、エンターテインメントでもない。ただ、暗い洞窟で、私はここにいましたと彫刻を残してその場を去ることだ。そこに訪れた次の人がそれを見て安心するのなら嬉しいことだが、その来訪者を予め想定した彫刻は価値が薄い。


では、この、文章だけたらたらと書き、その時間を確保するための労働で毎日を潰す我が身は何なのだろうか。小説家という職業を目指しているわけでもない。心の不秩序を少しでも憶えておくための生活。それは、果てしなく険しい北の道に挑むことなのだろうか、それとも、鴨川の流れに身を任せ、ただ下流へと流れつくことなのだろうか。

上手な登り方


そう思うと、自分は、坂の登り方がしっかりとへたくそなのだ。


というか、それを坂だと感じる感性が故障している。


坂のてっぺんに、誰もが認める有名小説家、およびブロガー、そんな表札がかかっていればまだいいものの、そんなものには興味がない。今目の前の段差を見て、そこを踏むための足の出し方を理論的に自分に言い聞かせながら進むことが好きだ。どこかに辿り着きたいわけでもなければ、登った段差を振り返ってこんなに登ったと達成感を感じたいわけでもない。


その勾配も、人の死としっかりと関係しているというのだから、なんか安心する。



おわり。



久々に、つまらない文章を書いたなーと思う。