教習所で出会った、無敵のおっちゃんの話

バイクを買ったことは先日の記事で書いたのですが。


今回は、そこで出会った、おもろいおっちゃんの話。


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薬物のドラッグがDrugなのでドラッグスターもそうだと思っていたのですが、正しくはDragstarでした。Dragの意味は確か「引っ張る」でしたが、どういう意味合いでのネーミングなんでしょうね。

教習所の話


バイクに乗るには当然、中型バイクの免許を取らないといけないので、教習所に通うことにしました。学生のときに京都の宝ヶ池教習所で自動車免許を取ったので、バイクもそこでとりました。種類問わず免許を取ったことのある人なら分かると思いますが、一番最後に、卒業検定、通称「卒検」なるものが存在します。僕は自動車免許を持っていたので学科試験の卒検は免除、よって実際にバイクに乗って教習所内のコースを走る技能試験の卒業検定のみが待ち構えていました。二回落ちた話は今度します。それより、おもろいというか、元気をもらった体験談があるので今回はそれを書こうと思います。

センスのなさすぎるおっちゃん


バイクの卒検を受けたことのない人がほとんどだと思うので説明すると、バイクの試験はほとんどが課題の試験になります。低速で細かくハンドルを切るための「クランク」、車体を倒してゆるやかに進む「八の字路」(S字の教習所もあります)、坂道発進、車体を傾けて迅速にパイロンの間を通る「スラローム」、平均台のような細い棒の上を落ちずに進む「一本橋」、40キロくらいの速さから14メートル以内に止まる「急制動」が主な課題です。それ以外はただの法規走行。ちなみに僕は急制動が苦手過ぎてそれで見極め不良に加え卒検も二回落ちたのですが、僕が唯一運がよかったのは、卒検の課題の順番が上に書いた順番通りだったので、つまり、最後の課題までいくことは出来たんですよね。クランクでうまくハンドルを切れずに道脇のパイロンに接触してしまうと一発で卒検中止なのですが、これをやると出オチ感がすごいので、卒検中もこれで終わると「ああかわいそう」みたいな視線で見られます。


で、センスのなさすぎるおっちゃんがこれだったんですよね。


僕は二回も卒検に落ちたので、つまり卒検を三回受けたことになります。その三回全部、おっちゃんが一緒でした。で、そのクランクのミスり方もすごいんですよ。結構細い道の直角コーナーなので、ハンドルを切るのが足りなくてギリギリはみ出ちゃった、とかならまだかわいいんですけど、そのおっちゃん、何を思っているのか、コーナーが接近してもハンドルをピクリとも動かさないんですね。で、正面に並ぶパイロンをなぎ倒し、アスファルト塗装のない草っぱらみたいなところにずかずか侵入。すると教習所中央の司令塔みたいなとこからアナウンスがかかるわけです。「7番の○○さん、パイロ接触ですので中止になります」って。いや、接触ちゃうやろ、追突というか完全に交通事故やし。


ちなみに、一回目の卒検は雪がざんざん降ってたんですよね。視界が悪かったししょうがないかなって僕も思ってて。実際僕も雪面でスリップしてバイク車体から投げ出されて中止になったので、雪が悪い!って怒りながら帰ったのはいい思い出です。


だから次こそは、と思ったら、僕もそのおっちゃんもまた落ちたわけです(笑)。


で、面白かったのは、おっちゃんが、またまたハンドルをピクリとも動かさずにパイロンに突っ込んでいくんですよ。もうそこまで来ると、何で教官はこの人を卒検に送り込んだんだというか、教習所の収入のいいカモにされているではないかと憐みの視線も向けてしまうというか、でも、また僕も落ちたので、人のことを言えず、というか僕はまたコケて卒検失敗になったので相当へこんでて、「もうバイク辞めようかな」とすら思っていました。でもあのおっちゃんを見たら、二回とも(多分僕の受ける前にも何回か落ちてるんじゃないですかね)一個目の課題で無様に散っているにもかかわらず、「くそー、今回は上手くいかなかったけど、次こそは!」みたいな、めっちゃ清々しい顔をしてるんですよ。驚きましたね。六個も課題があって、初めの課題でハンドルをピクリとも切れていない人間が、次こそは!みたいに燃えているわけです。なんか、元気もらいましたね。

三回目の卒検


で、ついに、三回目の卒検を迎えます。僕たち受検者一行は、待合室で待機していました。そのときたまたま、おっちゃんと僕が席が隣だったんですよね。僕は三回目ともなればまたまた緊張がすごくて(一回落ちるだけで再受験に一万かかるので、僕にとっては小遣いをかけた死闘なわけです)、でも横のおっちゃん、今日はいける!とでも言わんばかりの自信満々な顔。


「今日の急制動は、二本目やんな?」


突然発されたおっちゃんの声が自分に向けられていると分かるまで数秒かかりました。「あ」と僕は戸惑いながら「そうですよ」とおっちゃんに答えました。


分からない人のために説明しておくと、急制動という、一定の速度から短距離で安全に止まる課題は、晴れの日と雨の日でその距離指定が変わります。雨の日の方が地面が滑るので距離が長く指定されるんですよね。宝が池教習所では白線が三本書かれていて、一本目が小型二輪、二本目が中型二輪の晴れ、三本目が中型二輪の雨、というように、ここまでに止まってね、という合図の線が書かれてます。この日の天気は雲一つない快晴。でもおっちゃんは不安になって僕に聞いてきたんでしょうね。二本目までに止まればええねんな?と。


おっちゃん………!!!!


僕は感動しました。


だって、あのおっちゃんですよ。二個目の課題にも行けず、一個目の課題も惜しい要素は一つもなく、ハンドルが切れないのにどうやって公道を走るんだと疑問にしか思えない、もうバイクはやめた方がいいと言われても何もおかしくない、そんなおっちゃんが、なんと、最終課題の急制動の心配をしてるんですよ。すごくないですか。「今日こそはハンドルをもうちょっと……」とか心配しているならともかく、六個目の課題までたどり着くことを疑っていないその自信に満ちた眼差しを浴びて僕は卒検に臨みました。


僕はやっと、ここで合格。


緊張がすごかったので要所要所でミスをしながらも、合格最低点の70点で切り抜けました。


問題は、そのおっちゃんですよ。


みなさんお察しの通りです。


パイロンのコーナーを無視して草っぱらに突入。聞こえるのは「パイロ接触ですので中止でーす」という間延びしたアナウンス。もはや教官がこれを楽しんでるとしか思えない。突き倒したパイロンを振り返り「ああ、またかー」と悔しそうな顔をするおっちゃん。無慈悲にも無言でバイクを回収する教官。分かりきっている結果を聞くために待合所へとぼとぼと歩く背中。ああ、おっちゃん.........。

僕たちは人生でこのおっちゃんに救われる


そのあとのおっちゃんがどうなったのかはもう知りません。あの様子だったら当分は無理でしょう。でも、僕は、そういう人がいてくれることにほっと温かい安心感も覚えるんですよね。


僕が二回目の卒検に落ちたとき、このおっちゃんがこんなに頑張ってるなら、と思えたように、言い方は悪いけれど、救いようのないバカって間違いなく元気をくれます。僕は背中を押されている気になりました。いい年して、年下の教官に呆れられて、毎回パイロンをなぎ倒して、それでも毎回最後の課題まで進んでいる自分を想像していて。僕が二回目に卒検に落ちたとき、もうバイク辞めた方がいいかと思うのは、こんな教習所内でつまずいているようじゃ公道で走れるわけがないと、だったら今のうちに諦めておくことが「合理的」なことなのでは、と感じたからでしょう。人類は常に、自らの未来の失敗を想像しては、それが起こらない未来に接近する道を選択して、それが「合理的」と言い聞かせるような防衛機制を発揮させることがあります。


でもそれが、実際に三回目の卒検で合格して難なくバイクを自分が今楽しめているように、それが実はそこまで合理的じゃないということを教えてくれるのが、このおっちゃんのような存在なのではないでしょうか。僕は大体、「合理的」の欠陥は「合理的」な他の何かで埋めてしまう節があります。例えば二回も卒検に落ちた自分はバイクに向いていない、という合理的のように思える感情を振り払い、「公道で怪我するより教習所内で怪我した方が経験として重要」という、はたまた別の合理的な感情を用意するように、一つの合理は他の合理で埋め合わせて塗り替えるように進むのが僕でした。


ただこのおっちゃんは違うんですよね。僕の合理を、おっちゃん自身ですら不合理と分かっているような不合理で、ちゃぶ台をひっくり返すように覆してくるわけです。最高じゃないですか。少なくとも僕にはできません。こんな不合理な人間もおるんじゃー!と、飛んでくる爽快な叫び声はむしろ聞いてて安心できるというか。合理の駆動力として別の「不合理」を与えてくれる稀有な存在。


いつか、受かってほしいなあ。


また未来に挫けそうなときに思い出したら絶対に元気が出ると思います。「そういえば、毎回パイロンなぎ倒したおっちゃんがいたよなあ」と。自分がしたミス、それよりもっと過酷なところで戦っている人がいて、それを毎回、気概良く笑い飛ばしている人がいるという事実。


そんなおっちゃんの話でした。