ワクチンをそれでも打ちたくない理由

ワクチンを打たない派の私です。


これがどう捉えられるか、というのはあまり分からないのですが、しかし「打てばいいじゃん」という意見が大多数で、それに歯向かうことが善行として捉えられることはないでしょう。


単純に言うと、死生観の問題かな、と僕は思っています。どう死にたいですか、に対する問いの答えが、ワクチンを打つかどうかの決定に直結する気がします。大多数は、「コロナで死ぬのは嫌だ」でしょう。僕は違って、「不作為の短い寿命より、作為の(過ぎる)長い寿命は嫌だ」です。


死生観は、身近な人がどのような死を迎えるのを見たかとか、それに対してどのような意見を持つ人に囲まれてきたかとか、そうしたもので人により違いの出てくるものでしょう。僕はきっとそれが他人とは違うので、「ワクチンを打つことが社会のため……!」みたいな思考に至ったことが一度もありません。


ワクチンを打ちたくないので、その理由をつらつらと書きます。



①対ウイルス能力を持つものはワクチンではなく抗体である


ワクチンは不活性化ウイルスを体に入れて免疫細胞(確かB細胞?)に抗体を作ってもらうことで、その抗体が体に”あるうちは”その後の体内での増殖を防ぐというものなので、ワクチンを打つ=安全、ではありません。喉元に付着したウイルスは増殖しなくとも飛沫に乗って飛んでいく可能性はいくらでもあるし、前文で皮肉的に強調したように、抗体は永続的に体に残りません。


それをなんか、パスポートとかにし始めているらしい。


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感染に影響をもたらす可能性の低い人間から優遇した方が良いという考えになるのは分からなくはないけれど、それは「コロナにかかる人を減らす」という目的のもとだけに成り立つわけで、一部の人間は(もちろんごく少数ですが)ワクチンによる副作用で亡くなる可能性があるし、どこに行っても置いてあるアルコール、あれを毎日シュッシュしているだけで他のウイルスが体内に侵入して獲得できていたはずの免疫はどんどん弱っているわけです。今の社会は「コロナで死なない」を至上命題にしすぎでは、と思えてなりません。


上の画像で、ちゃんと「差別につながる可能性がある」と指摘してくれているので良いのですが、ワクチンパスポートのおかげで国内経済が活性化、とか書いているのが本当に恐ろしい。僕みたいな死生観の人はきっと他にもいると思うのですが、そういう人が経済の非活性化に貢献する人たちとのレッテルを貼られていくことになるのだとしたら怖すぎる。


死生観、死生観と繰り返しても伝わらないと思うので次で述べます。



②自殺をずっと研究してきてしまったこと


現在のコロナでの死者は約1万人ほどですが、自殺で2021年にすでに15000人弱死んでいます。


もちろん自殺はウェルテル効果を危惧して報道はされないわけですが、この事実を見て皆さんはどう思うのでしょうか。


Twitterでフォローしている人たちに自死遺族の方が多いのですが、多くの人がマスクが嫌だと感じています。その気持ちが痛いほどわかって辛く感じる次第です。それは「いつでも人は死ぬ」という感触を肌を持って経験していることによると思います。自殺は社会の死で、そして理由なき死なので、ウイルスで死ぬ、そんな原因のはっきりとした物理的な死に方は、幸せでなんと羨ましいとすら感じている節があります(自分にも)。コロナと自殺、それは、前者は社会が団結して防ごうとしている死で、後者は社会の誰もが見向きしない死です。本当に真反対の位置にいると言ってもいいでしょう。自殺にワクチンなんてありません。自死遺族の気持ちになるなんて軽々しく言って欲しくもないですが、誰の視線も浴びずに、明確な対処法もなく後悔のみが延々と残る死を少しでも慮ることができれば、そうした種の死により得られる死生観を、社会の利益の損失の代名詞として語るようなことなどあってはならないと思える人が多くあって欲しいものです。


そういうものに自分も長く触れてきたので、自分も、ワクチンで死ぬくらいなら、コロナで死ぬ方がいいと思っています。その方が自然の摂理だし。初めに書いた「作為より不作為がいい」とはそういうことです。死ぬときは死ぬ、という当たり前の事実に身を委ねている方が気持ちいい、というか。


死者の数としてそうも変わらない、むしろ自殺の方が断然多いのに、人に感染する、気をつけろ、そう報道に囃し立てられた末の今な気がして、コロナコロナ騒いでいる人たちを見ると「いや、君たち、自殺に関してはあれだけ他人事だよね?」みたいに冷める気持ちが沸々と湧く。



ここで皆さんの反論が手に取るように思い浮かぶので、答えます。



①自殺は感染しない

もしそう思うのなら、その時点であなたが自殺に興味を持ってこなかった人というのが瞬時に伝わります。自死遺族の会にでも行って遺族の話を聞き続けてください。その後でも「自殺は感染しない」と堂々と言えるのなら報告に来てください。怨恨の残る死に触れてこなかったおかげで培われてきたのであろうそのハートの強さをずっと褒めてあげます。


②コロナで死ぬ確率より、ワクチンで死ぬ確率の方が圧倒的に低い

期待値の勉強をしましょう。仮にコロナで死ぬ確率がワクチンで死ぬ確率の100倍だとして(実際のデータとは異なる過程の話です)、ワクチンで死ぬのがコロナで死ぬのよりも100倍以上嫌であれば、その人の望む人生の期待値で考えればワクチンを打たないのが賢明な判断になります。僕にとって、それほど嫌だと感じさせる死生観を手助けしたのが自殺だったということです。


③あなたがワクチンを打たないせいで苦しまなくて良かった他の人がコロナで苦しんでいる可能性が高い


はい、その通りです。

そんなのは当り前で、初めから分かっていることです。


では、それはどのように防げるのかを教えてください。あなたが自粛と叫ぶことで、コミュニケーションツールを失ったどこかの若者が”本来は感じなくて良かった”はずの抑うつに悩まされ自死しています。万人を救う対処法なんて初めからありません。誰かを救えば誰かが窮地に立たされます。それで死んでしまう人もいるでしょう。でも仕方ないで済ませるしかない。多くの人を救うためにふるいから落とされた僅かな人を犠牲に進歩してきたのが我々の社会です。自分が持っていたコロナウイルスで、体の弱ったどこかの高齢者を苦しませてしまっているように、社会の自粛の声で、人間関係が唯一の救いどころであったどこかの人の唯一の支え舟を剥ぎ取っています。誰かを救い誰かを蹴落としている、それが社会です。




でも仕方ないからこそ、その仕方なさに僕は社会の美しさも感じています。仕方ないからこそ、その仕方のない結末がやってくるまで懸命に生きてきた人のことを少しでも胸に刻んでおきたいし、自分が死ぬまでその人の気持ちを少しでも心に持っておきたいと思えます。社会の声になぞらうように自粛を叫び続け、その末に高齢化が加速し年金も破綻して、もしもそうなる時、ではそれは誰のための自粛ですか? みんなそれぞれ、大事にしたいものが違うだけです。それでいがみ合うのをやめたいだけです。ワクチンパスポートを国内経済の活性化に使い始めでもすれば、今の風潮のままだと、そのいがみ合いを加速させる装置となるようにしかどうしても思えないのです。


(そんな話が、確かリーガルハイにもあった)

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古美門
「死んだからこそ意味があるんだよ。
死は希望だ。
その死の一つ一つが医療を進歩させてきた。
現代の医療は死屍累々の屍の上に成り立っている。
誰しも医学の進歩のためには、犠牲があっても仕方がないと思っているはずだ。
その恩恵を受けたいからね。
しかし、その犠牲が自分や家族であるとわかった途端にこう言うんだ。
話が違う!!と。
なんで自分がこんな目に合わなけらばいけないんだ?誰のせいだ?誰が悪いんだ!誰を吊るしあげればいいんだ!
教えてやる。
訴えたいなら、科学を訴えろ!
あなたのご主人を救えなかったのは現代の科学だ!」


話は脱線しましたが、最近、やりすぎでは、と思ったこと。


①幼稚園生のマスク

近頃幼稚園の横を通ったときに、子供たちが校庭でマスクをしながら走り回ってました。いやいや何させてんの、と思う。もう一生その子たちマスク外せないよ……? オリンピックもみんなマスクしながらやらせた方が良かったんじゃない?

②飲食店の食事時以外のマスク強要

席についてマスクを外したら、飯食う時以外はマスクつけて、と言われたことがある。いや、話もするし飛沫は飛ぶけど、退席後にアルコールで掃除するなら結果は一緒では……と思った。店内に叫び散らかすわけでもあるまいし。その決まりを設ける店の店員は家の中でも食事以外マスクをしているのかな?

③嵐山の人力車

嵐山に言った時に、人力車を押す人たちが口から数センチ離れた位置にシールド的なのを装着してて、いや夏場の仕事なのに肌が蒸れて地獄でしょ、と思った。元気よく案内しとるけど、その声の飛沫でたぶんシールドからだいぶ漏れてるし。仮にシールドがなくても、密要素がない仕事なんだから、社会の目を気にした策としか思えなかった。



マスクも何もかも、しないとみんなに何か言われるから、以外に理由を説明できない人たちほど、よく騒いでいる気がする。終わらないかなあ、と思う。今は第三次世界大戦って言っている人がいて、良く言ったものだなあと思った。宣言出して感染者が減って、解除したらまた増えて、を繰り返し、このままでは何も終わらないとみんな気が付いているはずなのに(初めは都内100人とかで大騒ぎしていたのにその一年後には2000人で「減った!」とか喜んでいるからもう滑稽)、周りが右向けば右の人たちの「コロナで死ぬのは嫌だ!」の世論に歯向かうことができない政権がそのまま突っ走ってる感じ。石破さんは唯一この流れを止められるのではないか、と思ったけど総裁選は出馬しないらしい。





以上です。疲れます、こういう話は。


もしも医学的に間違いのある文章がありましたら教授ください。直ちに訂正します。