プロローグ

誰かと分かりあうことは、時にとてつもない苦労を伴う。


その苦労の正体を見定めるのに必死だった。


苦労は何故にあるのか。その答えとして一般人が用意する様々な答えに私は辟易してきた。


――今の苦労が将来には光に変わるんだ――

――生きる意味は死んだときに分かるんじゃないか――

――分からないから、今うじうじするのは無駄で、まずやってみるんだ――


そのどれもが様々な人が絞り出したアイデアだとしても、その根幹には絶対に崩れない一つの前提がある。その前提を、九割の人々は人生で一度も疑うことがない。前提はそれが本当に真なのか確認される間もなく、当然の摂理として消費されている。



それは、残り余裕ある寿命を自分の手で終わらせることはない、という前提。



多くの人には、自分が自分の手で汚す予定のない未来が見据えられているということだ。



それがなぜか気持ち悪くて仕方ない。全員そろって前ならえ、寿命は当然不可抗力な何かで消費されるものと思い込み、自らそれを断ち切るような心理状況は自分とは関係のない対岸の火事だと思える幸せな人生が、羨ましくて仕方ない。ウイルスや蔓延病、突如の事故は生きたかった故人を死に貶めた加害者と信じて疑わず、死に誘ったもの、それが実は救済者なのかもしれない、そんなことを考えたことのない人間がこの世の大数を占めている。


そんな人間たちの言葉が気持ち悪くて仕方ない。いじめを見れば「命の大切さを伝えよう」、自殺を見れば「周りがしっかりサポートしよう」、誰でも思いつくような小手先の言葉で善人になれる人々の思考が羨ましい。残りの寿命を自分の手で汚さないという大前提に当てはまらない人々を自らの手で矯正しようと考えられるその浅はかな思考が見ていて実に滑稽だ。



自分は大きな勘違いをしていた。


この世に色んな人がいるとはどのような状況なのか。



それは決して、色々な人がいることでたくさんの刺激が与えられ、それが良い経験になるなどというおめでたい世界ではない。時に目をそむけたくなり、隣で呼吸をするのもおぞましいと思うような存在を近くに確認しながらそれでもそれに干渉せずに耐え忍ぶことである。その覚悟があって多様性などと口にするのならまだいい。しかしそんなことを端から想定もできていない人間が、みんな違ってみんないいなどと笑顔で語れる知性に呆れてものも言えない。



「いろんな人と会話すると知見が深まるよ」


知見を深めるまでの会話で相手を一切不快にさせない自信のある人間だけが使える魔法のような呪文だ。自らの寿命を自らで汚さない者同士の価値観交流はさぞかし上手くいくことだろう。しかしその前提が違う二者間での交流は地獄でしかない。こちら側は相手を滑稽だと見下し、あちら側はこちら側を勘違い被害者気取りと決めつけて終戦だ。それでも「人間同士、分かり合うのをやめたくない」なんていう綺麗事マシーンが登場するものなら、その面に何時間でも説いてやりたい。自殺といったら飛び降りか首吊りかくらいしか思いつかないその幸せな知識に、油紙に書かれた遺書を飲み込んで焼身自殺した人間の日記を何周でも読み聞かせてやりたい。そうしてその「人はみんな分かり合える」なんて嬉々として語るその笑顔が徐々に歪んでいく顔を見て興奮したい。


自分の過去の悩みの解決が相手にも当てはまると疑わず、乗っている大船の舵はまさに自分が取っているといわんばかりに自信轟々で、船酔いにつぶれて苦しみ海に飛び込む寸前の船員に、意気揚々と今目指している大陸の魅力を語ってくるような人種が、もう本当におぞましく、気持ち悪くて仕方ないのだ。おとなしく救命袋でも渡して海に突き落としてくれればよい。それでそのうち溺れ死ぬのならそれでよいとこちらは本当に思っているし、私はあなたの知らないところで勝手に生きるので、その選択を大人しく放置してくれればそれで構わないのだ。



だから、一つ頼みたいことがあります。


私と話すときに、未来で言葉を埋めるのはやめてもらえませんか。



明るい未来に胸を躍らせたいわけではないのです。未来なんて一寸先も見えぬほど暗闇で良いのです。仮にその暗闇に絶望してそれに負ける日が来た時、その敗北が自分の命に終止符を打つという形で示されたとしても、ああそうか、と私は思うだけ。それまで暗闇をたった一人の足で歩んできたことを、私は誇りたいだけなのです。人生に自然と未来が登場する皆さんには想像もできない感情でしょう。だからといって、それを無理やり、明るい未来の登場する皆さんの人生に巻き込もうとしなくてよいということを知っておいてください。もし本当に死んで欲しくないのなら、百万円くらいぽんと置いて行ってくれればそれで一か月くらいは生き延びます。あなた方にできるのはせいぜいそれくらいだ。無理に、日本特有の”みんないっしょ”の中に、私を埋め込まないで欲しいだけです。



まるで天の声のような何かが、聞こえてきます。



――あなたは一生、不幸を必要とする人種になる――



その通りだ。不幸を叫び、それが除去される未来を見据えていない人間は、人生を歩む動機に不幸が必要になる。何か餌にできる不幸がないと生きていけない状況に陥っている、そんなことは自分がよく分かっている。


ただ私は、それをプロローグにしたいだけだ。


悲惨な人生、消えることのない厭世観、卑屈で凝り固まった死生観、それらを、プロローグにしたいだけです。



そのプロローグの形に、とやかく言われる筋合いは、無いのです。




*****************



というプロローグを、書こうと思います。