京都大学で転学部して分かった"渇きへの欲望"

卒業式を三日後に控えている。しかし、そうした実感がまるでない。


だから在学した証を少しでも残したくて、転学部を振り返る。自分にとって転学部を言い換えれば、「"渇き"に身を投じたこと」である。これは、一種の投身自殺かもしれない。


転学部した際の記事は、ちょうど二年前くらいに書いた。


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今読み返すと、かくも期待に溢れた文章だ。二年後こんなことになるとは一ミリも思っていないのだろう。転学部を行うという周りから目立つ異色さと、自分の手で環境を開拓したような高揚感があったと思う。しかしそれは、無限への渇きに身を投じただけの自分を、あまりに美化しすぎていた。



あまりに秀逸なイラストがある。


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これは、総合人間学部そのものだ。これは僕の個人的な感想だが、何かの熱烈な目的があって「総合人間学部に入りたい!」と強く志願する人間ほどこの状態に陥りやすい。逆に「総合人間学部?よう知らんけど楽そうでええやん。卒業できればいいし」という人ほどこの状態には陥りにくい。



この馬こそが自分で、ニンジンは自殺だった。



目の前にニンジンがあるので、僕はただそれを追いかけた。目の前のニンジンではなく、他の世界の様々な現象に目を向けることも選択肢として間違いなくあったにもかかわらず、しかしそれでも目の前のニンジンにありついた。何故かといえば、ニンジンから目を逸らすことで自分が人間の本能に背いてしまうような生々しい罪悪感があったからだ。



どれだけ頑張って走ろうともニンジンが口に収まりはしないことを僕は知らなかった。むしろ走らずに止まっていた方が、風で揺れてふと口に近づくことは多いはずだ。その時にニンジンは食べればいいやと割り切れれば良かったのだが、僕はそうできなかった。でも、分らないだろう。自殺がニンジンだったというのはニンジンを追って懸命に走った人間にしか分からない事実だ。それを知ったことが僕の転学部の中では一番意義の大きかった経験だと思う。



自殺を勉強するたびに、現れてくる事実はたった一つだった。


「自殺をなくすなら、止み難い渇きには入ってはいけない」



いじめ自殺の記事ではこう書いた。

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学校は、将来もたらされる価値あるもののために現在は努力したり耐えたりするような場所から、現在安全に居心地よく過ごすことが重視されるような場所に変化した。つまり、何か別の価値あるもの(知識や地位など)を得る「手段」としての学校観(=未来志向で手段的な学校)から、そこにいられることにより得られる「充足」に重きを置く学校観(=現在志向で充足的な学校)への変化である。(略)学校の意味や学校への期待がこのように変化した状況において、子供が学校で安全に、快適に暮らすことを脅かすような事態は、何よりも避けるべき重大な問題とみなされる。


自殺の社会図を説明した記事では、以下のように書いた。

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そして、この矢印に従うにつれ、自殺率がどんどん増えてきているのだ。デュルケームはこのことにも注目していて、「アノミーによる自殺」と呼んだ。アノミーとは即ち「止み難い渇き」という意味で使用されている。過去では身分などの縛りが多かったから、「意思はあるのにそれを達成するための手段がない」というケースが多かった。国が豊かになったことでそうしたケースが減った代わりに「手段は周りに溢れているが、自分の目指すところが分からない」という、追えども追えども満たされない「止み難き渇き」によって自殺者を出してしまう社会へと変容してきたのである。


自己実現、充足、心地よさ、未来志向。


何も実体のない言葉が数多く降りかかってきた。こうした概念には実体がないだけに、それが脅かされているという事実すら実体がない。だから何かが起こっても、不快だが説明できない。何かが違うが助けが求められない。言葉が………役に立たない。


そうした止み難い渇きに突入した結果、今の自分がいる。



総合人間。



この言葉こそ、無限の渇きを表しているのではないかと思う。


総合人間学部は大好きだが、この学部の名称だけは未だに好きになれない。どの学部とも相容れないその存在を、総合的な人間と称するには無理がある。だったら「理文共同研究学部」とか、もっといい名前があるのではないかと思えてしまう。



在学中の学生の自殺率が高いのは京大で、社会に出てからの自殺率が高いのは東大らしい。



何故か頷けるような気がする。



自由を学風にし続けた京大は、リベラルの監獄に学生を閉じ込めた。追えども口にはできないニンジンを追う学生が多かったのではないか。それとは反対に、規律で訓練された東大生は、社会に放出された瞬間にリベラルの監獄が待っている。太刀打ちできない自由に対する対処法は、頭の良さで解決できるものではない。人間みな平等に、リベラルの監獄からの脱出能力は低いと思う。上手く脱出できているように見える人も、それは運によるものが大きい。追えども追えないニンジンとは一体何なのか、そんなことを誰が学校で正しく教えられるだろうか?



自由とは自律であるべきだ。何をしてもいいというのは放牧ではない。なるべくその柵の範囲を狭めたうえでその柵内のルールに則って生きることが自由であり自律である。それを知らぬまま意識せぬまま総合人間など目指してはいけない。



しかし皮肉なのは、柵を広げたいと思ってしまうのが人間なのだ。柵の外に何が待っているのか知らぬまま人生を終えるのは勿体ないと本能がそう訴えかけてしまう。柵を出れば自由だからだ。そこには"総合人間"などというありもしない人物像が待っている。ニンジンを頭に取り付けたレースが始まるだけだ。




自分の転学部の記事は「京大 転学部」と検索すればトップに出てくるほど多くの人に読んでもらえるようになった。そのおかげで相談を自分にしてくれる人もいて、そんな人たちから「転学部に成功しました、ありがとうございます!」とお礼のメッセージをDMなどでいくつかいただいた。とても嬉しい。



しかし、総合人間学部への転学部は結論として以下の事実がある。


1.「総合的な人間」という像はニンジン。走るのは無意味で、止まった時にたまたま風が吹いたら食べればよい。

2.自由を求めるのは大いに結構。しかし自由の範囲はなるべく狭めるべき。自分の目的を達成できる範疇でなるべく狭めた範囲の中で自律をやめないことが自由である。柵を壊して外へ出るのが自由だと勘違いしてはいけない。

3.自殺と、自律なき自由は紙一重



まさに自分にとって、自殺を学ぶことが柵の破壊だった。建築学科という社会的に安泰な道を取り壊すことが自分の成長につながると考えた。しかしそれは半分正解で半分不正解だ。


自分の成長にはつながる。現にそう行動したおかげでこの記事があり、今の経験がある。


しかし、自殺を考えることを柵の破壊と捉えてはいけなかった。自殺にだって柵がある。その柵を超えて見えるものは自律なき自由だった。それはただ苦しいだけだ。現に今自分は言いようもなく苦しい。



おとなしく就職しとけと言うようなチャレンジを否定する人間の言葉の半分は愛である。人を不幸にするほどではない程度の柵がないと、人間は社会の中で弱いということが勉強して重々分かった。柵に束縛と不快感を感じてそれを飛び越えるのはいいが、それでも少しの柵を持っておくべきで、その中での自律はやめないこと。



これを知れたなら、二年間の転学部生活は大いに意義があった。