『役割』と『役柄』―中身と表層の話―

今月は、自死に関しての話をまとめることが多かった。その集大成のまとめとして、一つだけ声を大にして訴えたいことが、あるように思う。



自死と不幸は結び付かないと言うことだ。これは、以前の記事でも話したと思う。

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それを、少しだけ角度を変えて説明すると、


人間は『役割』の喪失のみで死ぬことはないが、『役柄』の喪失では自ら命を絶ってしまう生き物だ


ということである。



この役柄と役割というワードは自分が作ったわけではなく、これもまた大村先生の『新自殺論』より引用した。



『役割』とは、本人の機能遂行上で用いることのできる能力を指す。つまり、就活のためにこんなトーク力があるとか、大学合格のためにこれだけの点数を取る力があるとか、そういった個人の資質の話だ。


それとは反対に、『役柄』とは、本人の意思に反して演じないといけなくなっている、ある状態を指す。つまり、自分は就活などしたくないが出世のためには仕方ないと思い、愛想のよく芯のある人間を演じるとか、失業を家族には打ち明けられずに家を出てからは本屋で時間を潰して帰るとか、本人の現在の状態とは無関係の演技の話だ。


自死は、前者ではなく後者が原因で起こることというのを、我々は常に覚えておかないといけない。今すぐに全国の家庭にチラシでも入れて知らせたいくらいに、重要なことだと思っている。



新自殺論で、あまりにも分かりやすい例が用いられていて感銘を受けたから、ここでも共有しようと思う。

社会心理学の方面では、二つの選択肢を与えられ続ける状態のことをダブルバインドという。例えば、母が子供と連れたって散歩している道すがら、近所の人と出会えば、「うちの子は勉強はできないんですけど、まあ子供は健康第一ですからねえ」などと言う。だが家に帰ったとたん、「何この成績、恥ずかしいわねえ。早く勉強しなさい」と怒鳴るといった具合。親からすればなんでもない使い分けも、子供にしてみれば、こんなウチとソトの使い分けは理解できない。で、このような状態に長く置かれると、――再び社会心理学の用語で――「操られ感」や「自己喪失感」が生じて、下手をすれば人格障害に陥ったりするのである。(p144)

日常で、いかに役割と役柄の区別が難しくなっているか、この文を読んだときに嫌というほど思い知らされた次第である。


もしこの子が亡くならないまでも、辛いという話を周りにした時、大人はどう思うだろう。きっと、「点数が低くてそれが辛いんだね」と解釈してしまうのではないだろうか。しかしその『役割』上の話に大事な論点はないのである。子供にとって深刻なのは、点数が低いという役割に反して何かを演じないといけない状態が、日常の中に転がっているという事実なのだ。点数が低いことを周りに堂々と話せないことが深刻なのである。それでいて子供には「辛い時には誰かに相談してね」なんて言っているのだ。いかに大人が滑稽なことをしてきたかを自覚しないといけない。


だから、最も配慮すべきは本人の『顔』である。周りに対しどのような演技が求められているか、である。その演技は、多種にわたって多様に使い分けないといけないほど、本人の足元を不安定にする。


自分の卒論より、以下の文を引用する。

例えば自殺と失業の関係を考えるとき、男性が職に就いているか就いていないかという「役割」上の話よりは、家の中では頼りがいのある父でいたいために失業を打ち明けられないというような、あくまで表層の「役柄」に関する問題の方が大きいのである。そしてさらに、頼りがいのある父という像を求めているのは最も近くにいる家族だと本人が分かっていることが援助希求を難しくするという一面もあり、自殺の解決が難しいことがより一層わかるだろう。似た概念のひとつに、「スティグマ」がある。これも Goffman が社会での相互関係の分析に用いた概念だが、自殺研究にも用いられる。スティグマについて、Goffman は「人の信頼をひどく失わせるような属性を言い表すために用いられる」としている。つまり、何か生活に困窮するような立場であった際に、それに対する保護を受ける行為がスティグマとなり敬遠されることで自殺リスクが高まることがあげられる。例えば失業率の高い地域でも、失業者への給付に比較的寛容な社会では幸福度が高いとされる研究が存在する。
ただ、このスティグマという概念もまた、社会との相互関係によって生まれるものである。Goffman も、「本当に必要なのは明らかに、属性ではなく関係性を表現する言葉である」と述べている。

Goffman(ゴフマン)は、社会学者で「フェイス論」を提唱した人物で、社会における人々の関わり合いを、その当人のコミュニティ内の「顔」から考察した人物だ。また、スティグマとは和訳すると「烙印」で、負のイメージがその人物に固定されること(つまり負の役柄の固定)を指す。



一人の人物だけを見ていても、自死は解明できない。コミュニティが何を要してきたのか、少しでも意識が向くように自分もさらに思ったことは今後も書いて行きたい。