黒い羊

ちょうど一年前の今頃、非常に感銘を受け、心を打たれた動画がある。


www.youtube.com


大学を出た後は医学部に入ることを目指してみようと思ったころだったから、この先何が待っているのだろうとワクワクする気持ちと同時に、なにか突拍子もないことを始めているだけのような気もして、不安もあった。


その時にこの動画に出会ったから、とても後押しされているような気持ちがして、嬉しかった。自分が何をするかという事に、周りの決める常識など関係ないということを初めて他人の口から聞いた。


今一年たって見返すと、その価値観は、僕の中に体の芯まで染みわたっていることを実感した。周りの望むことをやることにいったい何の価値が見いだせるのだろうか。そういう思考は僕の中で当たり前になった。


そして2021年になり、暇を持て余しYouTubeをあさっていた時、この動画にたどり着いた。


www.youtube.com


黒い羊―――それは周りに染まらない反逆者の印だった。このMVを初めて見たとき、鳥肌が立った。周りと違うことをここまで表現できる人間がいるのだという事に心が震えて、自分などでは到底太刀打ちできないような世界観だと感じた。


センターが平手さんという事くらいしか知らない程度に、欅坂のファンとかではなかったから、MV内の様々な表現には分からないところが少し多くて、何か解説してくれているいいサイトはないかと思い探してみると、あった。


note.com


曲を聞き動画を見ないと分からないことが多いからそこはここで詳しく書かないけれど、しかしここに書かれているこのパートに、考えさせられた。

インタビューの中で、新宮監督はこんな言葉を残している。

白い羊も黒い羊も、どちらにも正義がある。にも関わらず分かり合えないのは、お互いを理解しようとしないからであり、こうやって戦争が生まれていく。だから、理解を表現するために、ダンスではなく何度もハグを取り入れました。

突拍子もない考えを告げ、挑戦を試みる者は、黒い羊だと思われるのだろうか。


思われている。


人間にとって安らかな感情であるはずの「周りに認められる安心」「ひとりじゃないと感じられる集団意識」に背く行為だ。それは違う価値観の人間から見たら、黒い。


人間は、自分と違うものを受け入れる事が難しい。黒いことに納得がいかないから、黒いものが目に入ると、白くしようとする。白が好きになるように説得し、それでも納得されなければ、そこで立派な「反逆者」ができあがる。


どうしたらいいのだろうか。


僕は、「白の立場でも黒を認められるようになりましょう」みたいな結論に走るならそれは少しずれていると感じる。


まず、「自分は白い羊」と断定することに限界がある。大体の人間は、グレーだ。周りに多く共感してもらえる感情と、周りとはあまり相容れない感情の二種類を、誰もが持っているはずだ。万人に受け入れられる感情しか持っていない人間などさすがに存在しない。


加えて、認める必要などない。放っておくだけでよいはずだ。人の気持ちを分かろうとすることがそもそも傲慢かもしれない。大事だと思うのは、「彼はここでは白だがこういう場面では黒だ」という事実をただ尊重するだけだと思う。理解などしなくていいから、彼を取り巻いてきたその環境の中で彼が必死に考えた結果がそれだという事をまず尊重することだ。

それを知ったうえでその人間を止めるとするなら、「人を殺したい」とか「万引きをしたい」とか、明らかに不快な人間が生まれる場合に限る。挑戦者は大体、その限りではない。




いつかは忘れたが、近畿大学でのキングコングの西野さんのスピーチを見たことがあった。


www.youtube.com


ここで、ディズニーを超える映画を作ると言っていたので、そんな野望があるという事を知ったのだが、それがつい最近映画化された。『えんとつ町のプペル』である。その舞台挨拶のスピーチも見た。


www.youtube.com



言ってくれた。


「夢を語れば笑われるこの世界を、終わらせに来ました」


終わらせてほしいと心から思った。


僕は、今自分が心から向き合えそうなものが、この先出来なくなった。とても、もどかしい。


僕の今の気持ちも、西野さんは舞台挨拶で代弁してくれた。



「こんな世界、全然ドキドキしない」