悲しみを風化させ、故人と楽しく生きる


コロナウイルスの影響がどんどん強くなってきましたね。4月現在、京都大学も5月上旬までの対面授業は中止になり、あと1か月くらいの引きこもり生活が確定しました。


前回と前々回の記事はそれはもう暗い暗い記事でしたが、今回も暗いです、すみません。


様態の経過としては、前回のこの記事を書いた後に精神科にかかり、
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それであまりに思考がぐちゃぐちゃになったためにこの記事を書き、
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で、その後は、少し様態が悪化したのちに、4月になり回復してきたという感じです。


悪化と言ってもそこまで大したものではありません。自分はうつ病などの精神病を患ったわけではないですし、周りから見れば複雑なことは一切何も起こっていないのですが、ただ、どうしても心理的にピンチの時には周りが見えなくなってしまうのが普通です。


集中力の圧倒的な低下に始まり、大勢の人の前に出た際に動悸がしてしまったりと、ひとりでいるのが辛く辛くなってしょうがなかったので急遽実家に帰って休みました。それまで趣味で1日10時間くらいは勉強していたんですが、それも一切やめました。休むことに徹底しました。


しかしその時は、一生心から笑える日は来ないのじゃないかと思いました。大袈裟と思われるかもですが、三途の川に足先は入った気がしました。


と、すみません。自分はここで別に数々の不幸自慢をしたいわけではなく、こうして突然普段できていたことができなくなったことで、自分の在り方というものが少し変わったと思っていて、そのことを記録するためにこの記事を立てあげました。

忘れるか忘れないかの二択

自分の主な考えは実は、前回の記事から変わっていません。というのも即ち、


医学と道徳の勾配を、自分の中でどのように折り合いをつけたらいいのか?


ということです。

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この記事から引用した、以下の文に考えはつまっています。

そこで重要になってくる問いは、


自分はしたいことをしているのか?
したくないことを無理やりにしているのか?


というものです。僕は自らの勉強したい分野に身を投じるために、学部を変えて一から勉強し始めました。元の学部にいたころと比べれば勉強時間は何倍にもなり、成績GPAはなんと3倍にもなりました。ただやはり内容が内容だけにそうなのか、辛い瞬間も間違いなくありました。そして、その辛い瞬間のほとんどは、仕方のないものととらえほとんど誰にも言わずに一人で消化しました。


問題はこの消化にあったのでしょう。


今回のように体に不具合が出ているというのが一番のサインです。しんどいからやめてくれと、体が言っているのです。


「医学」だけを考えれば、即ち一切の道徳を無視して、自分の体だけに気を遣うのなら、あの時に戻って転学部届を取り下げ、「いやマジで向いてないわ~」なんて言いながら建築学科で模型を作っていればよかったのです。


でもなぜかそれでは満たされませんでした。時々ふっと湧いてくる悲しみに自己否定を繰り返すような人生ならば、そこにとことん向き合う生き方をすることが、自分にとっての”道徳”でした。

もしも今後、自分と似た境遇の方に話を聞くことがあるとしたら、自分に力になれることがあるのであればそうしたいですし、しかしそのためにはまず自分の経験から内省を深め理解に徹することも同時に必要だと思いました。


それが自分にとっての道徳であり、しかしその道徳を重んじればそうするほど、ちょうど今回のように、今度は自分の体調が悪くなりました。


精神科の方に言われた通りでした。


君みたいな感受性の強い人だと、先にあなたがつぶれるよ…と。




こうして自分の前には、二本の道が用意されました。


ひとつめは、

①過去にあったことはあったことと割り切り、それとは無関係の自由な生き方をする


ふたつめは、

②過去と向き合ったうえで、同じ悲しみを減らすために自分の人生を使う


この二つです。


いや、両方やればいいじゃないかと思われるかもしれません。自分はどちらかというと後者のスタイルで今までやってきましたが、しかし、自分の体調に支障が出ない程度に思い詰めずにやりたいことをやればいいだろう、と。


ただそのような意見は、どうしても悲しみを経験したことのない人間の机上論だと思わざるを得ません。自死による死別は、ここまで自分を壊す必要はなくとも、思っている以上の悲しみが襲います。



ですから、自分は②寄りで生きてきましたが、今後はに寄せていくことを決めました。


故人と楽しく生きる、ということ

では①寄りの人生でどうなったかというと、これを決めたのが3月末ですからまだ1週間もたっていないのですが、このままでもいいかなと今は思えています。


今まで最も辛かったのは


悲しみや経験が自分の中で風化していくこと


でした。


ですから必死に考え続け、そして考え続けた先にまだ見えることがあるとも思っていました。過去のブログを読み返しても、この時はこの時なりに思い詰めていたのだろうなあと思えるものばかりです。


ただしかし、①寄りの思考に切り替え、過去にあったことはあったことと割り切り生きたとしても、


別に無慈悲で冷酷な人間になったわけではない


のです。


自分の経験が活かせる日のためにと、それまで基礎医学などの勉強をしていたのですが、それだって、今も今までと変わらずに続けられています。

今までのように、亡くなった彼のためにと義務感に駆られるような感覚こそなくなったものの、一趣味の勉強として、医学の勉強は楽しめています。



このような発想の転換を大いに手助けしてくださったかたのブログを紹介させてください。


erioka.blogspot.com



この方がおっしゃっている、自死を乗り越えるための箇条が以下です。


1 とにかく寝る。眠れなくなったら薬を飲んで寝る。寝ないと病気になります。
2 牛肉、鮭をなるべく意識して頻繁に食べる。タンパク質がうつを予防します。
3 家族が自殺して今この世にいないという状態でも、自分は幸せになれると信じる。
4 仕事、学校など規則正しい生活作りの役に立つ、社会活動を活用する。身の回りの整理整頓清掃を心がける。
5 家族が選んだ「自殺」という選択を認め、その行動力と決断力を心のなかでほめる。
6 自分のせいで死んだと考えそうになっても口に出したり文字に書いたりしない。
7 家族が「表現」のために自殺した場合(いじめ、貧困など)、そのメッセージを受け止めすぎて自分がつぶれない。あくまでも家族の選択であり、それを認め、水に流してあげる(忘れてあげる)。また、忘れることに罪悪感を持たない。
8 死ぬという一大事業を成し遂げた故人の業績を認めて、それ以上は深入りしない。理解はしても同情や同化をしない。死んだ人よりも生きている人を大事にする(遺族で責任をなすりつけたりせず、頑張って仲良くしてみる。無理だったら距離を置く)。
9 遺影に向かって話すときは「どうして」「ごめんなさい」ではなくて「ありがとう」と言う。
10 自殺遺族とつるみすぎない。家族の自殺という出来事がハブになって人間関係が形成された場合、その人間関係を解消するまで、家族の自殺が話題の中心になります。

3.5.6.7あたりが、自分に欠けていたものではないかなと思います。


今までの僕の行動は、故人を大切にしようと動いたつもりが、もしかしたら一番に故人を大切にしていなかったのかもしれません。


何度か死にたいと思いましたが、しかし仮に僕が死んだとして周りの大切な人がここまで自分を追い込んでいたら、僕は空の上から止めると思います。


俺のせいで、そんなに自分を追い込まないでくれ


と。


故人の思いはわかりませんから、こんなことをいっても仕方ないのはわかっていますが、しかし自分は故人の選択をあまり尊重してはいませんでした。



この1~10を全てしっかり受け入れられる日が来るとして、それはなんとなくやはり寂しいというか、そんな気がするかもしれません。これを3年前の自分に見せたとしても、「俺はそんな冷酷な自分になりたくない」と、絶対に突っぱねたと思います。


でもそれはそれでいいと思います。


仮に僕が将来、今までしてきたことと全く無関係の生き方をするとしても、じゃあ転学部すらしなきゃよかったとか、もっと早い段階でこの境地に至れれば良かったとかはあまり思いません。


今のあなたがなぜあるのか、それは、苦しいほどに悩み、苦しいほどに考えたからです。


辛かろうとこの段階を経ない限り、悲しみの真実は見えません。


この段階は果てしなく長いと思います。僕自身、彼が亡くなってからこれで4年ほどになるのですが、そこでやっと自分は自分が幸せになっていいことを学びました。上のブログの方は、お母さんを自死で亡くされた後で双極性障害などを乗り越え、上の心得を手に入れるのに10年かかったようです。


その悲しみの期間にいる時には、もうこれが永遠に続くのではないかと思えてしまうと思います。自分もそうでしたし、しかし、そこから幸せになれる日は必ず来ます。そしてここで幸せになるというのは、故人を忘れた冷酷な状況になるということでは決してありません。保証します。


ですからもし近くの人が悲しんでいたり、そんなことがあるとしたらその時は、ただ待ってあげるのが一番いいだろうと僕は思います。


無理やり悲しみを消そうとするでもなく、その悲しみが将来の幸せに必要になるものと信じ、ただ、待ってあげる。大丈夫です、必ず帰ってきます。


このブログを、その帰ってくる場所の手助けのできる場にするという目標はまだ消えていません。


勉強との兼ね合いで更新頻度はかなり減ってしまいそうですが、このような新たな気持ちで新年度は臨もうと思います。


今年度とも、よろしくお願いいたします。




おわり。