過去の”僕の罪”は、いったい、どこで消えるのか

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ちょうど二週間前に、京都自死遺族の会の例会に出向いた話を書かせてもらいました。


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ここでその時に感じたことが、かなりその後も自分に大きな重りとしてのしかかってしまいました。一切の非はすべて自分にあるのでこちらが辛いというような表現は不適切であるかもしれませんが、自分がこうした分野でいろいろと関わっていこうと思ったことに対しての大きなストッパーとなる出来事でした。


全ての話は、上の記事の「僕の罪」という段落に書かせてもらっています。


配慮とは誰のためにあり誰のために使われるべきなのか。このことが見えなくなったことで僕は「僕が話を聞くべきでない」という思いを確信してしまいました。自分が話を聞こうと知る限り、それは誰かの思いを踏みにじるからです。


このことを、何日かずっと考えました。完全に答えが出たということではありませんが、ある程度の結論を自分の中で導いたため、そのことを書き残しておこうと思います。

病気は「病状」を以てして病気なのではない

大学の授業の関係で、たまたまお話を聞くことができた方が、次のように仰っていました。


その方は、研究医の方に、今までの病状を話した際に、「お辛いことを、わざわざありがとうございます…」と言われたそうです。その時に、「お辛いこと??」と、違和感を感じられたそうです。何かしらの症状に対して辛いと思ったことはあるけれど、しかし病気自体に辛いと感じたことはあまりなく、病気は私自身の人生でもある、と。


つまり、その方にとっての「病名」は、「症状」をもってしてのものではないのです。


「症状」とは即ち、体のあるところが正常に動かないとか、体の中におかしなものが入り込んでいるとか、diseaseを生み出すネガティブなものとして捉えられるものです。おそらく研究医の方もこのような意味で「お辛いこと」と言ったのでしょう。


しかし、その方にとっての病気は、「社会とのつながりの中でとらえられるものであり、かつ私がそれを生きてきた身体を名指すものである」と仰っていました。人生はその病気抜きでは語れないものであり、だからこのような意味で「病気」を捉えるのであれば、


diseaseとしての病気は辛くとも、lifeとしての病気は辛くない


のです。


その人の病気が辛いと決めつけてかかってしまうことは、その人の人生を辛いと決めてかかってしまうことと同値として捉えられてしまうことがあるということです。このことを自分も、確実に共有できると思うことがありました。

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初めて行った心療内科


「トラウマ障害のようなものがあるのかも」


と言われた時の話です。この記事を書いた時もかなり気が参っていたのを思い出しますが、しかし、今思い返すと上に書いたのと似たものがあります。


何か辛いことがあった際にすぐに過去と結びつき自分を責めてしまうような、そんな心情は確かにその時間違いなく辛いのですが、しかし、ことあるごとに色々と考えてしまい、その考えるたびにある程度の自分なりの結論を迎えそれを問うていく生き方自体は、別に微塵も辛くないのです。それで僕は強くなってきたからです。


こうした自分の性質なしに自分は語れないし、こうした自分でなかったらもうそれは自分ではないからです。


この時、心療内科に行ったことを後悔した理由として僕は次のように書きました。


すでに僕の骨は折れており、まっすぐ立って歩けないことも分かっていたのに、そんな自分に「骨折」という病名を欲しに行ってしまったこと


あの時分かったような気持ちになっていたものの、今さらにはっきりと分かったような気がします。diseaseとしての病名を欲しに行ってしまっていたのです。そしてlifeとしては病気でないことを、同時に認めてほしくもあったのです。


そしてここにおいて、今回問題にしたかったことに話を戻すなら、僕の診療をした医者も、「お辛いことを」と発言した研究医の方にも、一切の悪気はなかったということです。付け加えるなら、過去に自死遺族の会に参加した僕もです。


何を言うか、ではなく「誰が言うのか」


悪気はないで済まされるものではないのかもしれません。しかし上のケースに共通しているのは、


「ほぼ初対面での会話」であった


ということです。


僕は自分の上に書いたような性質は、本当に心を開いている人にしか直接は話しません。何かこうしたことを話すことで近くの人間からの対応が腫れものを触るようなものになることが世界一不服だからです。だから基本的に、話す人間は、カウンセラーなどの完全な他人か本当に親しい人間かの二択です。しかしこの二者に語るときはその空気感も全くと言っていいほど違うのは当たり前です。


つまり僕が一番に理解できていなかったのは、


「自分の立ち位置というものは、関係性により初めて決まる」


というものでした。


無重力の状態で頑張ってボールを投げようと思っても、どこに飛んでいくか分かりませんよね。まっすぐ投げようと思ったんですなんて言ったって、意志の通りボールが動くとは限りません。重力というものがない限り思ったままにボールを届けることは難しいでしょう。


自分も同じようなことをしてしまっていました。


僕はずっと、どこでやるかではなく何をやるかだという考えを一貫して持っていました。だからこのような場でも、自分が何を思い何を伝えたいかに重きを置いていて、その思いが交絡する中で関係性は成り立つだろうと思っていたんです。


こうした方法も、間違いではないと今でも思いますが、しかしやはりその場が言葉の意味を決めているという性質を、見落としていました。


実は、まったく同じようなことを過去の記事でも書いています。

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ここでは僕はバランスボールを例に出しました。バランスボールに立つ人間は不安定で、でもそこから必死に言葉を投げる姿を、地上から無下に語るべきではないと。



過去に書いていたはずなのに、しかしそれが一番に分かっていませんでした。頭で理解していることとそれを実践することにはやはり大きな隔たりがあります。皮肉なことに、自死遺族の会の例会の記事を書いたのは、この記事の次の記事でした。



自死遺族の会の記事には、もうこうしたことからは身を引こうかというようなことも書きましたが、身を引こうというよりかは、やはりこうして自分なりに考えたうえで結論を迎え進んでいくしかないでしょう。


題にも書いたように、もし過去の過ちが許されるとしたら、それは


過去の過ちを認め迅速に対処する


これに尽きるような気がします。


過去の自分のことや、例に出した研究医の方の発言を「過ち」と呼ぶべきかはあまり分かりませんが、しかしその過ちに対し、「人の苦しみを踏み台にする行為」とは、今自分はあまり思っていません。






おわり。