『転学部』は”このタイミング”で視野に入れてもいい【京都大学】

新年も早くも一か月が過ぎようとしています。早いものですね。


ちょうど一年前のこの時期自分が何をしてたかなーと思いだしたら、ちょうど僕は狭間の時期にいました。というのも、転学部に関する書類審査と面接試験を終えて結果を待っている時期であり、転学部が失敗してもいいように建築学科の単位をそこそこにそろえながらも、総合人間学部の専門科目をつついていました。一年前の自分に、大丈夫だよと教えてあげたいですね。


という話なんかを前置きにして、今回は、転学部について振り返りながら、もっと自分の環境を変える機会というものを知ってもらおうと思い、記事を書くこととしました。

京都大学における転学部


僕がこのブログで一番初めに書いたのが、転学部したときの記事です。10か月くらい前のもので、今読み返しても本当に懐かしいです。

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この記事に、転学部に関する自分が知り得る限りの情報はすべて書いているので、ぜひ参考にしてもらえればと思います。とはいっても総合人間学部のことしかかけていませんから、参考にできる人も限られてしまうかもしれません。


ただ、転学部を行う人間の半数ほどは行き先が総合人間学部です。これは総合人間学部に自由科目群という単位群が存在するためというのが一番大きいのですが、だから自分の記事もある程度の人間の役に立てるのでは、と思っています。


総合人間学部に関しては、これも過去に記事でまとめてみたので、ぜひよろしくお願い致します。

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もしも何か転学部に関して分からないことがあれば、コメントでもTwitterでも何かのアクションをいただければ必ずお答えしますので、お気軽にお尋ねください。


転学部をして、その後。


転学部をしたときの気持ちは上に記事で書いた通りなのですが、しかしその後どうなの、といったところに関しては一文字も文章にまとめていませんでした。


結果から言うと、1ミリも後悔をしたことはありません。学部の友達が一人もいなくなったこと以外に関しては一切の不満もありません。


やっぱり一番大きいのは、ただただ、ワクワクするんですよね。


転学部をせずに工学部建築学科に所属し続け、建築士になっても、間違いなく素晴らしい人生でした。周りの人間も自分もそうだと思っていました。しかしただそのままだと僕は、本当になんとなく、


ワクワクしなかった


んです。モヤモヤしたものが残っているって感じでしょうか。


何で転学部をしたのかということを、数分で喋るのはきついです。元をたどれば自分のそれまでの3年間の思考の軌跡をすべて語ることになります。しかしそれでも簡単にかいつまむならそれは、自分のトラウマ、そして自分の弱く脆い心情を知るためです。

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ただ転学部をした後の勉強は、すべてとは言わずとも、例えば自分の感情の原因や似た事例が見つかった際には本当に心から楽しいと思えました。


このワクワクしなかったという感情に始まった決断の体験から、やはり大学生であるからこそ、自分の環境を考える機会として提案できるだろうことを、ここから書かせてください。


転学部を疑うタイミングは「1年半」


ここからは京都大学の学生であるという条件がある程度ついてしまうのですが、ただ他の大学生でもある程度同じことは言えると思います。唯一の例外は東京大学です。進振りだけは語れないので許してください。


自分は、大学に通い「1年半」がたったタイミングで転学部を疑うのがベストだと思います。転学部をすることが重要なのではなく、自分の環境を疑うことが重要ということです。


そしてその理由を以下に上げます。

高校の延長としての大学ではない


中学から高校に進学するのと、高校から大学に進学するのは、180度異なるものだと心得るべきだと僕は思っています。このことはなんとなく分かってもらえると思います。決まった時間割もなければ選択の幅も広がります。だから一番重要な点が、


高校生の時点で、大学に対しての知識はほとんど無に等しい


ということです。


大学のシラバスの仕組みなど、高校生の時に知っていましたか?

受験する学部以外に、どんな学部があるのか知っていましたか?


知らなくて当然でしょう。これは、高校の時にすでに知っておくべきだ、ということを言いたいわけではありません。知らないのは仕方のないことであり、しかし大学に入学しある程度の知識が増えるのだから、新しくしたいことが増えてもそれは当然のことなはずなのです。そしてその新しくしたいことが大学の学部の幅を超えるのであれば、その他学部はもっと門を広く持つべきなのではないかと感じます。


転学部の記事に、情報がほとんどなかったと書いたように、やはりまだまだ転学部に関しての門は狭いです。この門を広く持つことこそが、本当の意味での


京大は、オモロイ。


になると思うのですが…。今の京大はあまり面白いと思いません。


大学で新たに知ったことを活用しないと、絶対に勿体ないよということが一番に言いたいのです。学部を変える必要なんてありません。しかしその選択肢として転学部が存在するならそれもまた間違いなく正解です。


数千人の学生がいて、ほかの学部でやってみたいと思う人間は本当に30人とかなんでしょうか。ちょっと少ないように感じるというのが、正直な感想です。

なぜ、1年半なのか


このような「大学で新しく学んだことをもとに自分の環境を疑ってみる」という行動のモデルを僕は提案します。そのタイミングとして1年半がベストだと思う理由は以下です。


①一般教養と専門科目の両方にある程度手が伸びている

②これ以降になると、大学に入りなおすほうが手っ取り早くなる


総合人間学部以外であれば、2年生終了時に転学部を行うなら1年の留年が発生することはやむを得ません。専門科目の単位の都合上、過去の学部の専門科目はほぼ無駄になるためです。ただ、大学に入りなおすことを考えれば1年は短く感じるでしょう。


転学部の申請期間は、京大だと9月下旬です。ちょうど二年生のこの期間が、専門科目に少し手が届いている時期であり、このことを踏まえても、転学部を疑う時期はこのタイミングがベストだと思っています。


結局、東大がベスト?


長々となってしまいましたが、これらのことより、どの学生も転学部を視野に入れることは絶対に無駄なことではありません。


ただ、だったら東京大学でよくね。。。とも(笑)


自分も、関東の実家を出て京大に行きたいといった際には、近くに東京大学という素晴らしい大学がありながらなぜ、ということを言われました。実際、東京大学は専攻までの2年の猶予をもらうことができるのです。今まで書いたことを踏まえるならこの環境がベストなようにも感じるのですが、しかしそれでも東京大学に負けていないと思うのは、


一度試したうえで、変えられる/考えられる


という点です。結局その環境に身を置く以外にそれ以上に刺激を受けるものはありません。そこにメリットを見出せるのであれば、進振りではないことの意義もあるかな、とは思います。



自分の環境を疑うことは常に必要ですが、しかしそのタイミングとして提案できそうなことを、書かせてもらいました。





おわり。