まわりと差をつける文章力は、こう作れ!


こうしてブログを書く中でも、当然必要になってくるのが、「文章を書くスキル」です。どうしたら一番伝わるのだろうかってことなどは、こうしてブログを書く中でも一番に考えないといけないことであり、このスキルの有無で読んでくれる人数にも差が出ることはよくあります。


僕は自分に文章力があると思ったことはあまりないのですが、しかし自分の意見をまとめ、自分なりの切り口で表現するという行為が昔からとても好きでした。小学校の頃に、四谷大塚主催の全国統一小学生テストの決勝大会で、作文の分野では全国三位を取ることができ、それがきっかけであったように今では思うのですが、中学では三年間の通算の小論文の試験では学年一位と、自信につながる結果も得られることができました。


こうした文章力における自分の遍歴において、説明するうえで何よりも欠かすことができないのは、中学で指導をいただいた授業に関してです。自分の通っていた中学では、国語の授業は半分が小論文の授業であり、説得力を持ち分かりやすい文章を書く技術を教えられてきました。そこで教えていただいたことが今でも自分にとっての文章力の軸となっています。


こうした文章を書く上での肝は、一回どこかでまとめられればそれが見返したときの糧にもなると思い、今回この記事でまとめてみたいと思いました。もし文章の書き方で参考になることがあったりしたら参考にしていただきたいです。自分もこれを教わったのと教わっていないのでは大きな差があるだろうことを確信しており、知って損がないことであることは保証できます。

基本の「き」


まず、みんながある程度知っているだろうことを言ってもそれは面白くなることがないと思うので、ある程度割愛します。


例えば、

まず初めに導入の文章が必要だよ

とか、

起承転結の流れを意識するといいよ

とか、そんなことは話しません。例えば僕のブログにおいては、いつも目次の前に書いている部分の文章が導入です。しかしこの導入をすっぽかしていきなり説明したりするのでは読み手もまったく意味が分かりません。そういったところまではある程度理解が進んでいるという前提で話をします。


というのも、例え語調がしっかりと整っていて、起承転結の流れも完璧で、しかし読んでいて退屈な、面白くない文章というのは数多く存在します。そういった文章が面白くないのはなぜでしょうか?


考えられる原因はいろいろと存在しそうですが、その面白くなくなる点を潰していくことが良い文章の出発点です。この記事では、一つの題を追いながら、実践的に考えてみたいと思います。


中学一年生の靴紐は、何故だらしなくほどけているのか?


これは、確か、自分が中学生の時に実際に出題された小論文のテーマです。中学二年生だったかもしれませんが、そこはあまり関係がないと思うので許してください。さて、この論文の題に対し、あなたはどのように回答するでしょうか。まず、例を見せます。




身の回りにつけるものへの意識というものは、誰であっても気を使わないといけないものである。そんな中でも、中学生の靴紐はかなりの頻度でほどけていることが多いように見受けられる。それはなぜなのかを考えてみたい。
中学一年生は、小学校を卒業し、大人への一歩を踏み出した、そんな時期に立っているだろう。彼らの靴紐がほどけているのは、そんな彼らの油断の表れではないだろうか。自分たちが小さかった頃のことを思い返しても分かるように、大人になったような気分、ワクワクするような感触はかなり覚えている人も多いだろう。しかし、そうしたふわふわとした感情のせいで、身だしなみが汚れてしまうのであればそれは本末転倒だ。靴紐がほどけていれば、周りの人間が踏んだりすることで怪我につながる恐れもある。我々ももう一度、身だしなみを考える必要があるのではないだろうか。


おそらく、このような文章が最も多く書かれるパターンではないかと思います。これは、構成としては文句はありませんが、読者をひきつける内容の点としては、


ほとんど0点に近いです。


なぜ、こうした文章は面白くなくつまらないのでしょうか。


①誰も一般論、理想論は聞いていない


一つ目に、


そんなこと誰でも言えるだろ


という点があげられます。理想論に始まり理想論に終わる文章には価値が現れません。「靴紐がほどけていると怪我につながって危ないよ」なんて、誰にでも言えます。こうした一般論に終始してしまう場合、僕らは添削の際に赤ペンで大きく、


「陳腐」


と書かれました。これは少しショックで、お前の文章はありきたりだということを言われているわけですから、少しグサッと来たのを覚えています。


しかしこれはよくやってしまいます。「優先座席は必要ない。そんなものがなくても自らが譲れるように」とか書いてしまえば、陳腐の対象です。間違いなくそれが理想であることは言えるのですし、そうなれば素晴らしいのですが、しかしそう上手くはいかない原因がまたあるわけです。理想論を語るのではなく、理想を阻害する裏の情報を語らなければ意味がありません。

上の題でいうのであれば、大人になったふわふわとした感情がなぜ身だしなみに関与するのかを見つめないといけません。

優先座席の話なら、なぜ優先座席が必要なのか、席を譲ろうかと考えたときの、しかしそれがスムーズにいかない所以である心の葛藤(譲ったのに大丈夫と言われたらどうしようというような)などにスポットを当て、日本の恥の文化などを述べても面白いかもしれません。


ですからまずは、理想論を想定しそれを邪魔するものを考えてみましょう。そこを見つめることで客観的な文章へと成長します。


②自分にしか書けない切り口はどこだ?


この題で、ほかの同級生が、次のように書いていました。

この題を出題したのが、中学一年生の学年主任の先生であり、自分の担当している学年の生徒のだらしなさが他に比べて目についているだけである。大人はそれほどだらしなくないにせよ、中学生や高校生の範囲であるならば、靴紐がほどけている人数に大差はない。

とても面白いと思いませんか?このような切り口で文章を書き進めたのは学年の数百人の中でも彼だけだったでしょう。彼はこの先、自分と関係のある人間にどうしても視線が向いてしまうことを説明し、人間の注意と集中に関して話をまとめました。


このように、自分にしか書けない切り口を想定することを意識してみてください。理由なんて当然一つではないのです。さまざまな要因が奇跡的に重なってその現象が起きているわけですから。


「〇〇はなぜ?」ときかれて、

「○○が起きているのって本当?」
「そもそも○○と言っているのって誰?」


こういったことを常日頃から考えている人間でないと、上のような切り口はどうやったって思いつきません。つまり、その文章を読んだ人はそれだけで、


「ああ、この人はこうしていつも物事の裏側からしっかり考えてきた人なんだな」


と伝わります。その人の書く文章はその人の鏡です。紙一枚でその人のすべてが分かるといっても過言ではありません。自分の豊かな生き方を紙一枚で相手に伝えることは可能なのです。


③「なぜ」の階段を下りる


上の例では文字数的な関係でできていませんが、「なぜ」は一つで終わらせてしまうのはもったいないことを覚えていてほしいです。特に上のように、理由を聞かれている題材であればあるほど、「答えを書かないといけない」という思い込みで支配されがちですが、これは非常にもったいないです。


「論ぜよ」と言われているわけですから、答えの中でまた新たに問いを設立してもよいのです。上の例であっても、


「ふわふわした感情はなぜだらしなさにつながるのか?」

「学年が変わったときの感情は他の身だしなみにどのような影響を与えるのだろうか?」


などなど、発展できそうな問いは無限に立てられることができるでしょう。ここで立てる問こそが、あなたの個性でもあります。ああそこでそういう疑問点に着目したのかと、そしてそこからこのように論を発展させたのかと、そうした道筋が、あなたにしか出せない色そのものなのです。「なぜ?」を追い続ける姿勢を我々は忘れてはいけないと思います。


④キーワードを選定する

これが最後になります。③において個性を出すことの重要性を述べましたが、この個性が出ていることをぱっと示す方法があります。それが、


特徴的なキーワードを前面に出す


ことです。


上の靴紐の題に関して、ある同級生は、次のような文を入れました。

中学生になり、ちょっと大人になったような気分になると言えど、しかし中学一年生は所詮、「小学七年生」なのである。


ここで、「小学七年生」というワードが読み手にとって大きな印象になることがイメージできるでしょうか?上で「大人になったふわふわとした感情」という言葉を使いましたが、これでもやはりまだまだ抽象的でわかりにくいです。


そこで、「小学七年生」という、普段絶対に使わないような言い回しをすることで、意味を明確に伝えつつ、しかもはっきり印象に残る文章を作ることができます。これは比喩に相当するものですが、こうした表現ができるのもまたその人の能力であり、例えの豊かさをアピールすることができます。


何かその文章の顔となるようなキーワードを一つ決めてみましょう。その文章に形が現れるはずです。


まとめ


以上4つが、自分が特に気を付けていて、かつインスピレーションを受けた点になります。


まとめると、

①ありきたりな内容に終始しないよう、理想を阻むものは何か、現実の改善点はどこにあるのかを客観的に観察する力をつけよう

②あらゆるところで、自分にしかできない「逆の発想」を問われているという意識を持とう

③文章を書いている途中で新たに発生する疑問を追い続ける姿勢を持とう

④文章の顔になるキーワードで文章の印象を前面に出そう

という感じになります。


文章を書くという行為は、奥が深く、とても面白いです。ブログの中でも、さらに精進したいと思います。






おわり。