「京都・自死遺族の会」と、僕の鬱。【前章】

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今回、そして次回に書かせてもらうこの記事は、かなり魂を使って書くことになるだろうというのを、あらかじめここに示しておきます。


自分が生きている意味というものを初めてここに疑い、そして自分の脳は時間を止めたように停止し、虚無な時を少しの間生きました。何をしたらいいのかも分からない今、自分が何か目的をもってできることが、この思考録を書面に起こすことのみでした。


今回の記事は、おそらく、だらだらと長くなります。なので前章と後章に分けました。


こちらの前章では、「自死遺族の会」に参加するまでの道のり、そして自分の心理面を主に描くことになると思います。

自死遺族の会

研究とは、何でしょうか。過去の記事でも立てたような覚えがあるこの問いですが、結局答えが出ないまま今に至ります。


自分が特異な点に立っているのであるとすれば、それは、


研究対象が死んだ人間である


この一点に尽きるでしょう。自分は、総合人間学部に転学部をしたうえで、一つだけは曲げない信念を持っていたつもりでした。


これにかんしては、下の記事をまず読んでいただければと思います。


www.mattsun.work

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自分が同じ過ちを犯さないために。そして、同じ悲しみを抱える人が、もう現れないように。


自分のしていることは、勉強でも研究でもなく、ただただ思いをはせることだけでした。しかし、そんな中でも知識だけはつけないといけません。デュルケームの自殺論フロイトとフロムの精神鑑別論、様々なものを読んでみた中でも、しかし生身の人間の話を聞くことはどれにも勝るものではありませんでした。


そうした、人間を対象にして様々な質的研究もおこなわれている中で、しかし自分は話を聞くことすらできません。


そんな時、僕は何を原料として、ヒトを研究したらよいのでしょうか。


僕には、こんなにも重い題材を、一人で扱うことはできませんでした。ただただ馴れ合いの意味で、そういわれても構わないから、同じ思いを抱えている人間の中に自分は飛び込まないと、そうしないと何も変わらないと思いました。


一人で語ることは、あまりにも詭弁です。詭弁を打ち消すため、自分にできることは「聴ける環境」に飛び込むことのみでした。そして飛び込もうと決めた先が、京都で開かれている自死遺族の会」でした。


僕はただ、屍を掘り返しているだけである


そうして自死遺族の会へと足を向けることを覚悟した、その数日後でした。うまくは表現できないのですが、なんか突然、脳みそが止まったのでした。


やめとけと体が訴えるような、僕の体は何か重い鎖にでも繋がれたようで、5日間ほど、何をする気も起こらなくなりました。この時の感情は、今までの抑うつ気分とは確実に異なる、新しいものでした。



まず、第一に、この世から消えたいと、ふと思いました。



この感情が現れたのは、ちょうどバイト先に到着し着替えて準備をしている時でした。「アレ、コノサキジブンハナニヲスルノ?」と。バイト先に到着したはいいものの何故か体が固まってしまい、店長がコンビニに買い出しに出かけたのをいいことに、少し遅れて作業を開始しました。勤務の調子はとてもよかったのですが、最後の最後で、ワイングラスを一つ割りました。胸がとてもモヤモヤしました。



それを境に、心から何をする気も起らなくなりました。



僕はただ人の屍を掘り起こしてそこから何をするの?何が生まれるの?



健常な時にですら答えが出ないだろう自問自答に押しつぶされそうになり、心から消えたいと思いました。しかし同時に、自分が消えないこともはっきりとわかっていたんです。


人がまわりから消える悲しみは、同時に自分がよくわかっているものでもありました。僕が消えても、多分、親とか仲のいい友人は悲しむでしょう。


だから自分はその瞬間、この世で一番に死にたく、しかしこの世で一番に死ねない人間でもありました。


死なせてほしいんだよなって、思っちゃったんです。こんな僕みたいな人間でも、なぜか仲良くしてくれる人とか大事にしてくれる人がいて、でもそうやってどこからか愛されてしまっているせいで僕は死ねないのだと。中途半端に悲しませる人間がいるせいで、僕はこの世から消えられない。だれもが、僕のことなんかほっぽり出してくれれば、僕は消えたいときにぱっと消えられるし、そんな罪悪感もなしに屍を掘り出そうとできるかもしれない。


ここら辺まで思考がたどり着いたときに、あまりにも身勝手な自分を憂いました。


多分この先も、こうした問題と向かい合う際に僕は、こうした気分と向かい合うことになるんでしょう。誰かと向かい合って話を聞こうとすればするほど、誰かの封印していたかった過去をほじくり返すことにつながります。どんなにどんなに気を使っても、誰も傷つけないのは不可能であると感じました。ここまで書いたこの文章でも、多分様々な人を不快にさせてしまっているのではないかと感じます。


しかしその問題から逃げようとすればするほど、それは自分が消えたいという方向になぜか思考は傾いてしまい、少なくともこの期間、まともな思考ができている状況ではありませんでした。今は回復しましたが、あまり思い出したくもないものです。


すべてを忘れ、そっと自分の中に、もう封印しておくべきことなのでしょうか?


転学部から始まった、この、負の感情を追い続ける遊びは、もうやめにしたほうが良いのでしょうか?


ここまで暗く、そしてここまで破綻した思考に陥ってしまった自分を客観的に振り返ったとき、僕は、重症とまではいかなくても、確実に鬱病の入り口にいることを確信しました。


初めてでした。自分にはもうどうしようもない、癌が生まれた瞬間でした。


自分は癌とは無縁の生活を送るのだと思っていました。ちょっと自分の性格的にその恐れはあるかななんて思っていたけれど、でも本当にそれがやってきたときのことなんか想像できなくて、すごく、怖い気持ちになりました。


結局何にも手は付けられなくなり、世界遺産の勉強も、読んだページは何一つ頭に入ってきませんでした。諦めました。したいと思って始めた勉強を投げ出したことはなかったので、これもまた初めてで、悔しくなりました。


心に癌を抱えた自分に思うこと。


心の病気ってどういうこと?という質問があったとき、僕は迷わず、


「心にできた癌である」


という返答をします。


例えば、癌が発見された人に対して、


癌ができるのはお前の気持ちが弱いからだ

何で癌なんかできるんだ、無いほうが楽なのに


なんていう人はまさかいないでしょう。あまりにも無神経な発言ですし、それ以前に、癌というものに精神論で立ち向かうことのほうがおかしいでしょう。



心の病気に対し一番にされている勘違いは、ここにあると思うのです。



たとえば、自信がないという特性を一つとってみたとしても、自信がある人間には、自信がない人間の気持ちなんてわからないんです。だから「何で自信がないの」とか「なんでそんなんで悩むかわからない」とか平気で言ってしまいます。


さすがに自信がないことと心の病気は同じではありませんから、自信がないくらいであれば改善の余地はありそうですが、しかしパーソナリティの無知は人に押し付けられるべきものではありません。


そしてそのパーソナリティを、僕は、上に書いたような自分の感情に見出そうとしました。自分が過去に抱えてきた感情や経験というものは誰にも真似されることのできない唯一無二のものであり、そして似た感情を持つ人間への共感指数も負けることはないと感じてきました。だから、ブログのプロフィールにも書いたとおり、自分にできるのは、同じ感情を持った人たちを応援し、そしてみんなは自分が思っている以上にもっともっと価値のある人間だということを伝えたかった。



しかし、そのパーソナリティは、今、泥沼にはまり、抜け出せなくなりました。



自分はサッカーが得意だと思ってプロになりたいと思ったら、ひたすらにサッカーを練習するでしょう。同じようなことを、僕は自分の心理において自分に課したつもりだったのですが、しかし、どのように練習をしたらいいのかも、そもそも練習をするべきか、練習をしてもいいのか、というところでつまずきました。


そんな中でこのパーソナリティを僕は持ち続けてもいいんですか?


結局は自分を気づつけるのが嫌だからであるというところまで自分でわかってしまっているので余計に嫌な気持ちがします。


パーソナリティで殺し、パーソナリティに殺される前に、逃げたほうが良いのでしょうか。



ひたすら問い続けた、約一週間の間なのでした。



後章では、実際に自死遺族の会に参加して感じたこととかを、書ければな、と思っています。






前章 おわり。