逃げることって、弱いのか??

男なら、やり返せよ。


いじめの現場を見た際にこう言う人がいました。こっちよりの意見の人って、最近は少し減ってきて、なんというか昭和的な意見と言われることが多いでしょうか。僕はちょっと嫌な気持ちになってしまいます。


いじめとかに限った話ではなくても、嫌なことがあった時に、

自分は逃げずに立ち向かうべきなのか

それとも

とっとと環境を変えた方がいいのか?

という2択を迫られることってよくあると思います。



今ここで逃げることって臆病なことなのかな?


立ち向かう勇気って、そもそも何?



めっちゃ難しいですよね。


今自分は何で悩んでしまっていて、そして周りの環境を同捉えるべきなのか。この問いの答えはたぶん永遠に出せませんが、しかし僕は確固たる信念をもって言えることも同時に、見つけました。

逃げの美学と、挑みの美学。



例えば、あなたは今少しストレスに感じている環境があるとします。職場や学校の部活などを想像してもらえればいいでしょう。

そして、そのストレスゆえ、その環境を離れたいと深く感じています。この時に、あなたはどっちの選択肢を取りますか?

どっちだって自由です。


言ってくる人間はたぶんいろいろ言ってくるでしょう。

「こんなことすら続かない根性なしなのか、おまえは」

とか、

「あんなレベル低い場所でやり続けて、そこから抜け出す勇気もなくだらだらとやるのか」


とか、言いたい放題いう人間はどの世界にもいます。


でも、このブログではもう何回も口を酸っぱくして言っているように、そうした見せかけの文言に振り回されずに能動的に動く才能があなたにはあって、別にその環境をやめて新しい環境にチャレンジするのだって構わないし、その環境に居続けて周りを見返すためにコツコツと努力する、それでも構いません。あなたの人生なのだからあなた次第で何をしたって構わないのに、しかしそこで悩んでしまうのはなぜですか?


逃げることって弱いのか?


逃げることは弱いことであると、そういった評判にさらされる恐怖と戦ってしまっていませんか?


とりあえず結論を先に言うと、


逃げることは強いことで「も」あります。



逃げることは、どの場面においても弱い人間のすることである、という考えはあまりにも一方的で、その人の周りの環境などを十分に配慮できていません。


逃とは「兆し」に「しんにょう」

挑とは「兆し」に「てへん」


と書くだけ、つまり、あなたの新しい兆しを、別の道を作ることで生み出すのか、それともその場であなたの手でつかもうとするのかという、ただの手段の違いであり、そこに強い弱いの基準は存在しないはずです。



これだけは心に留めておく。


だからあなたが一番効果的だと思う道を選ぶべきだということです。しかし、目立つように「も」とも書きました。当然逃げることが弱いことだってあるのです。自分の経験則より、ここで確信をもって言えることをいくつか述べます。

①自分はなるべく高く売れ


周りの環境を思い浮かべ、もしそこが、


あなたのことを誰も応援してくれない環境

または

あなたに誰も期待していない環境


この二つのどっちかならばそれは直ちに捨てるべきです。あなたの才能は、あなたの才能を知っていて、かつ


あなたの才能に最も高い値段をつける人間


の下で最も輝きます。



え、さっきまですべてはあなた次第とか言っておいて?




確かに間違いなくそうは言いましたが、しかしあなたがもっと輝ける環境があるのならそこでその環境を利用することは悪いことではありません。


極端な話、BOOKOFFではいつまでたっても食品を売ることは不可能なのです。それはBOOKOFFが悪いわけでもあなたに根性がないわけでもなくて、例えば八百屋さんだとか、あなたにもっと高い値段をつけてくれる環境はほかにもっともっとあるはずなんです。


集団の中であなたにストレスを与え続けるようなストレッサーは、結局何をしてもストレスを与え続けます。その結果その集団から離れるのはストレスを与えられていた側の人間であって、集団に残るのはストレッサー側の人間です。そこに残り自らを苦しめるのは賢い選択ではありません。


あなたを低く見積もる人間のもとからは、なるべく離れたほうが良いのです。


②本当の自分なんてものはない


皆さん、よく、学生の頃に


すごい低間隔で恋人を乗り越えていた人


いませんでしたか?ちょっと聞いたらもう別れたなんて言って、すぐ後には新しい恋人がいる。


恋人の話には限らず、例えばころころと転職をして続かないとか、なかなか一つのことに貫徹できないタイプ、いませんか?もし、その際に、


「次の環境になら新しい出会いが」


みたいに思っているのだとしたら、はっきり言いますと、

新しいあなたは未来永劫出現しません。


環境を変えるということは、その環境はあなたに見合わなかったと判断したということですよね。そこで環境を変えるのは大いに結構ですが、


見合わない環境しか選べていないあなたの能力の低さをまずは呪うべきです。


そこに本当のあなたなんてものはないし、あるとするならばそれはいつまでも環境に居座り続けられないそこのあなたです。


境目には絶対に挑むな


最後に一つ、あなたの悩みが堂々巡りの泥沼に陥らないために、これだけを言わせてください。


もしあなたが、自分は弱いのだろうか、自分は真面目にできているのだろうか、そういったことで悩むのならば。

もし、弱いとか真面目だとかの基準が存在するのだとすれば、ここまでは真面目だけどこっからは不真面目、みたいにどっかしらにそれらを分ける境目があるってことですよね。



この境目には挑んでも絶対に勝てません。




なぜならその境目は誰もが勝手に設定できて、答えがないからです。自分は真面目なのかと悩み始めたとき、それはもう空気をつかもうとしているのと同じで、いつまでたっても手の中には何も残りません。


ちなみに僕は、よく空気をつかもうとしています。(笑)


無駄な行為なんて言うつもりはありませんが、もっともっと能動的に動く方法が、きっとありますよ。そんなにあなたは、弱くありません。





おわり。