自死

自死から「逃げる」という選択の解釈

逃げるのは弱いことという解釈は、以前に比べてどんどん減って言うだろうという気はする。いじめとかそういう類のものがニュースになってくるにつれて、それに対抗するのは精神論だなんて、大真面目に言う人は減ってきただろう。逃げていいという認識は、今…

自殺の犯人が、見つかった。

――子供には人並みに生きて欲しいと、親なら誰でもそう思う―― 人並みとは、果たして何か。 とにかく、僕は普通にならないといけなかった。周りに自分の経歴を話したときに、誰にも「え?」と言われないような。ちょっとでも誰かから「なにそれ、へんなの」と…

未来のために、自殺した人を”叩く”べきか

今後の日本において、自死で亡くなる人を減らすために、「自死で亡くなった人は叩くべき」「自死を選ぶのは悪いことと教育すべき」という意見がある。 これはある意味ごもっともで、確かに、「自殺を選んでもいいよ」と思わせるのには問題があるのだろう。し…

いじめ自殺はなぜニュースになるのか

卒論を書き終えたうえでの、主な考えをまとめる時期として今ブログを書いているので、今までに続いてしばらく自死の記事となります。 しばらく自分が研究室で考えてきたのは、デュルケームが言うところの「無規制社会が呼び起こす、止み難い渇きによる自死」…

厭世自殺の解釈〈明治に起こった自死の反転〉

自殺の一般のイメージと言えば、それは「未来を閉ざされた者が死を選ぶ」ということである。いじめ自殺や過労働による自殺のニュースが流れるたびに、故人を追い詰めたものに対するバッシングや、自死を防げなかったことに対する批判の声が相次ぐ。自死を防…

自殺を明かす、無慈悲な手順 【後編】

三つの記事にまたがってまで何かを書いたのは初めてになる。前回と、前々回に書いた記事の、最後の付け足しを行うことにする。www.mattsun.workwww.mattsun.work とはいっても、自死の話は前回まででほとんど終えている。今回書くのは、そうした理論的な話と…

自殺を明かす、無慈悲な手順 【中編】

ちょうど前回の記事の続きです。先にこちらを、お読みください。www.mattsun.work 本章(続き) 終章 本章(続き) 前回の要約は、戦時下で自殺率が極端に低かったという例をだしながら、重要なのは「不幸な出来事が自殺を増やす」という事ではなく、「不幸…

自殺を明かす、無慈悲な手順 【前編】

結局、大学生活のほとんどを自死に関して考えることに費やしたから、二年間で何が得られたのか、まとめてみる場はあってもいいと思った。卒論は書き終えているし、余裕があるからその要約をしてみたい。 とは言っても、簡潔にパッと答えを出すようなものでも…

消費されゆく”題材”としての自死

自分の中でパッと何かを思いついたときのような、そんな価値観の変化が起きたのは、去年の秋のことだ。 医学部の編入試験を受けていた僕は、滋賀医科大学の二次試験を受けに行った。一次試験では学力試験が課され、それをクリアした人間には二次試験の扉が開…

悲しみを風化させ、故人と楽しく生きる

コロナウイルスの影響がどんどん強くなってきましたね。4月現在、京都大学も5月上旬までの対面授業は中止になり、あと1か月くらいの引きこもり生活が確定しました。 前回と前々回の記事はそれはもう暗い暗い記事でしたが、今回も暗いです、すみません。 様態…

過去の”僕の罪”は、いったい、どこで消えるのか

ちょうど二週間前に、京都自死遺族の会の例会に出向いた話を書かせてもらいました。 www.mattsun.work ここでその時に感じたことが、かなりその後も自分に大きな重りとしてのしかかってしまいました。一切の非はすべて自分にあるのでこちらが辛いというよう…

【1/11】京都・自死遺族の会 例会の記録

今回は、12/19の記事に続き、京都の自死遺族の会に関しての記事を書きます。今回は、例会に参加しました。 京都の自死遺族の会、通称「こころのカフェ京都」に関しての説明は、以下の自分の過去を参考にしていただきたいです。 www.mattsun.work www.mattsun…

【12/19】京都・自死遺族の会 フリースペースの記録

ちょうど2週間ほど前に、自死遺族の会のイベントに参加させていただいた旨の記事を書きました。www.mattsun.work www.mattsun.work そしてそれに関連し、同じ団体の主催する自助グループに参加してきました。今回はそのことに関して記事を書きたいと思いま…

「京都・自死遺族の会」と、僕の鬱。【後章】

鉄は熱いうちに打てと。この感情、この思い、色々と、すべて忘れないために、早めにしっかりと記しておこうと思います。数日前に書きました記事の、続編です。まだお読みになっていない方は、こちらからご覧ください。 www.mattsun.work 前回では主に、自死…

「京都・自死遺族の会」と、僕の鬱。【前章】

今回、そして次回に書かせてもらうこの記事は、かなり魂を使って書くことになるだろうというのを、あらかじめここに示しておきます。 自分が生きている意味というものを初めてここに疑い、そして自分の脳は時間を止めたように停止し、虚無な時を少しの間生き…