自死

自死遺族をそっとしておくことは健全な策か?

昨日、初めて一日に二つの記事を書いたが、溜まっていたものをパッと出せたのですっきりした。性に関して加害と被害の関係から、男性視点で起き得る問題を指摘した。www.mattsun.work www.mattsun.work 性を加害被害の関係でしか捉えられてこなかった自分は…

心配されることへの”抗議”

「人に心配をする」という感情がある。 知っている人が事故にあったりなんかした時に、その人の安否や状態が気になって「大丈夫かな、無事かな」なんて思う。この感情を、我々は、他人を思いやる素晴らしい感情だとして教育されてきた。 しかし自分の身近に…

安楽死を認めるか―自己決定の観点より③―

自己決定の観点から安楽死を考えるのは、これで最後にしようと思う。前回の二個の記事をまとめると、①では「自己決定」という言葉による自己の体と心の距離の話、②では自己決定と権利という言葉の意味を深く考えた。 www.mattsun.work www.mattsun.work 今回…

安楽死を認めるか―自己決定の観点より②―

前回の記事に続き、安楽死を認めるうえで重要な議論になるであろう「自己決定」を考察していく。前回は、自己決定という概念を、「私自身と、私の体の間にある距離感」という観点から考えた。今回はそこに続く話でもあるので、ぜひ確認してもらえると嬉しい…

安楽死を認めるか―自己決定の観点より①―

前回の記事で、日本でもっとも有名であろう二つの安楽死事件を取り上げたうえで、その判決に関しても記載した。 www.mattsun.work くどいようだがもう一度振り返っておくと、安楽死において重要となった用件が、以下である。 1患者が耐えがたい激しい肉体的…

安楽死を認めるか―過去の事件とその各論―

死ぬ権利はあるのかという疑問は、自分の中で答えが出ないままに膨れ上がってきたように思う。答えが出ないと分かってはいるが、それでも納得できる一つの自分だけのロジックくらいは持っておきたい。 様々な文献を読む中で、特に安楽死を認めるべきかどうか…

生きる手段としての”死”の提供

新年の目標として、平日は毎日記事を更新するつもりで、いた。書きたかったことはいっぱいあったし、書くことでいろいろと整理されていくことはあった。しかし、2/11をもって、終わってしまった。 敗因は、ネタ切れ。 三十くらいの記事を書いたら、意外にも…

”法”と”倫理”の重なる点はどこなのか

納得のできない判決というものがあったりする。たとえば自分の中での印象が強いものを挙げるとすれば、大津いじめ事件における判決。いじめと自殺の関係は認められたものの、責任は家庭にもあるなどの理由で賠償金の減額が起こっている。 自分は卒論で、こう…

"死ぬ権利"というものは存在するのか

もし仮に、ある人があなたに「死なせてくれ」と言って来たとして、あなたはどのように対応するだろうか。きっと、止めるだろう。しかし、こう言われるのだ。「自分の人生をどう終わらせるかは自分で決めていいはずで、あなたに干渉される筋はない」と。 死ぬ…

【後編】自死の予防因子について―『生き心地の良い町』より―

昨日の記事に続き、今回は後編を書きます。先に、こちらの記事をお読みください。 www.mattsun.work 前回の前編では、自死の予防因子として重要な心理的背景に関して考察をした。今回はそれとは異なり、この本の中で述べられている、歴史的及び地理的背景に…

【前編】自死の予防因子について―『生き心地の良い町』より―

先月末に読んだ、岡檀さん著の『生き心地の良い町』が、かなり名著(このような表現だと上から目線ですが)だと感じて、刺激を受けたので、その内容を今日と明日にわたってまとめてみることとした。生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある作…

「援助希求」を拒む。助けてくれるな。

自死の解決に、重要と思われるものはなんだろうか。 ひとつに、こんな意見があるだろう。希死念慮を持った人間に対して、そのことを誰かに相談できるような環境があるのがベストだろう、というものだ。この意見について、今回は考える。 よく、いのちの相談…

殴りたくなるような過去に、死ねと言いたい

取り返しのつかないミス、というものがある。 他のミスは取り返しがつく、というのは少し表現が傲慢かもしれない。受験に失敗したとかを「取り返しのつかないミス」ということは少ないかもしれないが、現役で第一志望に合格という経験は一生できないから、こ…

『役割』と『役柄』―中身と表層の話―

今月は、自死に関しての話をまとめることが多かった。その集大成のまとめとして、一つだけ声を大にして訴えたいことが、あるように思う。 自死と不幸は結び付かないと言うことだ。これは、以前の記事でも話したと思う。www.mattsun.work www.mattsun.work ww…

『安楽死か、尊厳死か』ー要約と感想ー

新年になって、本を読むことが増えた。その中の一冊で、この本を買った。 安楽死か、尊厳死か (ディスカヴァー携書)作者:大鐘 稔彦発売日: 2018/09/26メディア: 新書 大学で自死の研究を行ってきたが、自分は安楽死に関する考察をしてきたことはほとんどなか…

自死から「逃げる」という選択の解釈

逃げるのは弱いことという解釈は、以前に比べてどんどん減って言うだろうという気はする。いじめとかそういう類のものがニュースになってくるにつれて、それに対抗するのは精神論だなんて、大真面目に言う人は減ってきただろう。逃げていいという認識は、今…

自殺の犯人が、見つかった。

――子供には人並みに生きて欲しいと、親なら誰でもそう思う―― 人並みとは、果たして何か。 とにかく、僕は普通にならないといけなかった。周りに自分の経歴を話したときに、誰にも「え?」と言われないような。ちょっとでも誰かから「なにそれ、へんなの」と…

未来のために、自殺した人を”叩く”べきか

今後の日本において、自死で亡くなる人を減らすために、「自死で亡くなった人は叩くべき」「自死を選ぶのは悪いことと教育すべき」という意見がある。 これはある意味ごもっともで、確かに、「自殺を選んでもいいよ」と思わせるのには問題があるのだろう。し…

いじめ自殺はなぜニュースになるのか

卒論を書き終えたうえでの、主な考えをまとめる時期として今ブログを書いているので、今までに続いてしばらく自死の記事となります。 しばらく自分が研究室で考えてきたのは、デュルケームが言うところの「無規制社会が呼び起こす、止み難い渇きによる自死」…

厭世自殺の解釈〈明治に起こった自死の反転〉

自殺の一般のイメージと言えば、それは「未来を閉ざされた者が死を選ぶ」ということである。いじめ自殺や過労働による自殺のニュースが流れるたびに、故人を追い詰めたものに対するバッシングや、自死を防げなかったことに対する批判の声が相次ぐ。自死を防…

自殺を明かす、無慈悲な手順 【後編】

三つの記事にまたがってまで何かを書いたのは初めてになる。前回と、前々回に書いた記事の、最後の付け足しを行うことにする。www.mattsun.workwww.mattsun.work とはいっても、自死の話は前回まででほとんど終えている。今回書くのは、そうした理論的な話と…

自殺を明かす、無慈悲な手順 【中編】

ちょうど前回の記事の続きです。先にこちらを、お読みください。www.mattsun.work 本章(続き) 終章 本章(続き) 前回の要約は、戦時下で自殺率が極端に低かったという例をだしながら、重要なのは「不幸な出来事が自殺を増やす」という事ではなく、「不幸…

自殺を明かす、無慈悲な手順 【前編】

結局、大学生活のほとんどを自死に関して考えることに費やしたから、二年間で何が得られたのか、まとめてみる場はあってもいいと思った。卒論は書き終えているし、余裕があるからその要約をしてみたい。 とは言っても、簡潔にパッと答えを出すようなものでも…

消費されゆく”題材”としての自死

自分の中でパッと何かを思いついたときのような、そんな価値観の変化が起きたのは、去年の秋のことだ。 医学部の編入試験を受けていた僕は、滋賀医科大学の二次試験を受けに行った。一次試験では学力試験が課され、それをクリアした人間には二次試験の扉が開…

悲しみを風化させ、故人と楽しく生きる

コロナウイルスの影響がどんどん強くなってきましたね。4月現在、京都大学も5月上旬までの対面授業は中止になり、あと1か月くらいの引きこもり生活が確定しました。 前回と前々回の記事はそれはもう暗い暗い記事でしたが、今回も暗いです、すみません。 様態…

過去の”僕の罪”は、いったい、どこで消えるのか

ちょうど二週間前に、京都自死遺族の会の例会に出向いた話を書かせてもらいました。 www.mattsun.work ここでその時に感じたことが、かなりその後も自分に大きな重りとしてのしかかってしまいました。一切の非はすべて自分にあるのでこちらが辛いというよう…

【1/11】京都・自死遺族の会 例会の記録

今回は、12/19の記事に続き、京都の自死遺族の会に関しての記事を書きます。今回は、例会に参加しました。 京都の自死遺族の会、通称「こころのカフェ京都」に関しての説明は、以下の自分の過去を参考にしていただきたいです。 www.mattsun.work www.mattsun…

【12/19】京都・自死遺族の会 フリースペースの記録

ちょうど2週間ほど前に、自死遺族の会のイベントに参加させていただいた旨の記事を書きました。www.mattsun.work www.mattsun.work そしてそれに関連し、同じ団体の主催する自助グループに参加してきました。今回はそのことに関して記事を書きたいと思いま…

「京都・自死遺族の会」と、僕の鬱。【後章】

鉄は熱いうちに打てと。この感情、この思い、色々と、すべて忘れないために、早めにしっかりと記しておこうと思います。数日前に書きました記事の、続編です。まだお読みになっていない方は、こちらからご覧ください。 www.mattsun.work 前回では主に、自死…

「京都・自死遺族の会」と、僕の鬱。【前章】

今回、そして次回に書かせてもらうこの記事は、かなり魂を使って書くことになるだろうというのを、あらかじめここに示しておきます。 自分が生きている意味というものを初めてここに疑い、そして自分の脳は時間を止めたように停止し、虚無な時を少しの間生き…