グリーフケア

過去の”僕の罪”は、いったい、どこで消えるのか

ちょうど二週間前に、京都自死遺族の会の例会に出向いた話を書かせてもらいました。 www.mattsun.work ここでその時に感じたことが、かなりその後も自分に大きな重りとしてのしかかってしまいました。一切の非はすべて自分にあるのでこちらが辛いというよう…

悪を糾弾するために頼るものは「法」ではなく「制度」である

サン・ジュストという、フランスの革命家がいます。そして、このような言葉があります。 「法ではなく、制度を作るべきである」 この言葉の意味するところが、はじめは全く分かりませんでした。そもそも、法と制度の違いが全く分かりませんでした。しかし、…

【1/11】京都・自死遺族の会 例会の記録

今回は、12/19の記事に続き、京都の自死遺族の会に関しての記事を書きます。今回は、例会に参加しました。 京都の自死遺族の会、通称「こころのカフェ京都」に関しての説明は、以下の自分の過去を参考にしていただきたいです。 www.mattsun.work www.mattsun…

辛い気持ちは、論理的に話せないといけないのか? ~「聞く」人間が最も理解せねばいけないこと~

何か辛いことを経験した場合、そのことを周りに話す機会というのは、どれくらいあるでしょうか。普段の交友関係とかによっても変わってくるものだとは思うのですが、しかし外に向けて自分の気持ちを発信することが大事であるというのは間違いないことであろ…

偏見を持たれているという偏見は偏見となりうるのか?

自分に理解がない、という印象を抱くことは誰にでもあると思います。そんなに他人を責めるようなイメージでなくとも、少なくとも、この人とは合わないな、みたいに感じることは誰にでもあるでしょう。 ではなぜその人はあなたと合わないのでしょうか?あなた…

【12/19】京都・自死遺族の会 フリースペースの記録

ちょうど2週間ほど前に、自死遺族の会のイベントに参加させていただいた旨の記事を書きました。www.mattsun.work www.mattsun.work そしてそれに関連し、同じ団体の主催する自助グループに参加してきました。今回はそのことに関して記事を書きたいと思いま…

「京都・自死遺族の会」と、僕の鬱。【後章】

鉄は熱いうちに打てと。この感情、この思い、色々と、すべて忘れないために、早めにしっかりと記しておこうと思います。数日前に書きました記事の、続編です。まだお読みになっていない方は、こちらからご覧ください。 www.mattsun.work 前回では主に、自死…

本当の意味で「考える」ためにすべき、たった1つのこと。

常日頃から自分は、考えすぎてしまう自分との格闘に悩まされました。しかし考えすぎてしまう場面において、新しい思考法というものは、ほとんど何も生まれませんでした。泥沼に、はまっているだけなんです。だから、そこで一つ結論として下したのは、「考え…

「京都・自死遺族の会」と、僕の鬱。【前章】

今回、そして次回に書かせてもらうこの記事は、かなり魂を使って書くことになるだろうというのを、あらかじめここに示しておきます。 自分が生きている意味というものを初めてここに疑い、そして自分の脳は時間を止めたように停止し、虚無な時を少しの間生き…

「病気」の反対は「健常」ではない

さて今回は、逆の発想をするべきタイミングとはいつか?この問いにぶち当たったので、その思考録を今回は書いてみたいと思います。 「逆」とはなにか 言語相対論で用いられる、色の例 白が成功で、黒が失敗、本当か? 「病気」を考えてみる フロイトの鑑別診断論…