人と付き合う、5%の法則

もし義務教育から「人間関係」を基準に成績が付けられていたら、僕は高校にすら進学できていないと思う。人と付き合う上で、何か重要なものが欠けているとも思う。しかし、人と一切の付き合いをしなくても良い人間はいない。だから、人間関係を構築するうえ…

【まとめ】2月に読んだ本

今月は思ったよりも読書がはかどらなかった。理由は1冊目の『倫理学入門』に1週間もかけてしまったこと、など。 『倫理学入門』品川哲彦 『 名も無き世界のエンドロール』行成薫 『完全自殺マニュアル』鶴見済 『ファーストラヴ』島本理生 『ドクターデスの…

3月が怖い。

厳しい寒さを終えて暖かい春がやってくるなんて、嘘だ。 卒業の時期が近づいてくると、何かモヤモヤしたものが近づく。 僕が楽しんでいいのかなという不安。あとは、それを迎えたかったはずなのに迎えられなかった人を思ったときのやるせなさ。 僕はなんで、…

安楽死を認めるか―自己決定の観点より③―

自己決定の観点から安楽死を考えるのは、これで最後にしようと思う。前回の二個の記事をまとめると、①では「自己決定」という言葉による自己の体と心の距離の話、②では自己決定と権利という言葉の意味を深く考えた。 www.mattsun.work www.mattsun.work 今回…

安楽死を認めるか―自己決定の観点より②―

前回の記事に続き、安楽死を認めるうえで重要な議論になるであろう「自己決定」を考察していく。前回は、自己決定という概念を、「私自身と、私の体の間にある距離感」という観点から考えた。今回はそこに続く話でもあるので、ぜひ確認してもらえると嬉しい…

安楽死を認めるか―自己決定の観点より①―

前回の記事で、日本でもっとも有名であろう二つの安楽死事件を取り上げたうえで、その判決に関しても記載した。 www.mattsun.work くどいようだがもう一度振り返っておくと、安楽死において重要となった用件が、以下である。 1患者が耐えがたい激しい肉体的…

安楽死を認めるか―過去の事件とその各論―

死ぬ権利はあるのかという疑問は、自分の中で答えが出ないままに膨れ上がってきたように思う。答えが出ないと分かってはいるが、それでも納得できる一つの自分だけのロジックくらいは持っておきたい。 様々な文献を読む中で、特に安楽死を認めるべきかどうか…

生きる手段としての”死”の提供

新年の目標として、平日は毎日記事を更新するつもりで、いた。書きたかったことはいっぱいあったし、書くことでいろいろと整理されていくことはあった。しかし、2/11をもって、終わってしまった。 敗因は、ネタ切れ。 三十くらいの記事を書いたら、意外にも…

”法”と”倫理”の重なる点はどこなのか

納得のできない判決というものがあったりする。たとえば自分の中での印象が強いものを挙げるとすれば、大津いじめ事件における判決。いじめと自殺の関係は認められたものの、責任は家庭にもあるなどの理由で賠償金の減額が起こっている。 自分は卒論で、こう…

"死ぬ権利"というものは存在するのか

もし仮に、ある人があなたに「死なせてくれ」と言って来たとして、あなたはどのように対応するだろうか。きっと、止めるだろう。しかし、こう言われるのだ。「自分の人生をどう終わらせるかは自分で決めていいはずで、あなたに干渉される筋はない」と。 死ぬ…

「政治」という言説の場に、感情はあるのか

自分は、政治というものになかなか関心を持ってこなかった。中学受験の時の社会の科目やセンター試験の倫理政経の科目のために少しだけ勉強したことを除けば、政治に関して勉強をした時間はほとんどゼロかもしれない。恥ずかしい話だが、本当に自分はここに…

論文なんて、やめちゃえよ。

ちょうど少し前に、卒業論文の審査会が終わった。Zoomで15分間喋って、学部の学系の先生に聞いてもらい、その後簡単な質問をされる。 あまり面白いイベントではなかった。今年、卒論関係で人と話したのは、研究室のコピー機を借りた時だけ。それ以外は全部オ…

【後編】自死の予防因子について―『生き心地の良い町』より―

昨日の記事に続き、今回は後編を書きます。先に、こちらの記事をお読みください。 www.mattsun.work 前回の前編では、自死の予防因子として重要な心理的背景に関して考察をした。今回はそれとは異なり、この本の中で述べられている、歴史的及び地理的背景に…

【前編】自死の予防因子について―『生き心地の良い町』より―

先月末に読んだ、岡檀さん著の『生き心地の良い町』が、かなり名著(このような表現だと上から目線ですが)だと感じて、刺激を受けたので、その内容を今日と明日にわたってまとめてみることとした。生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある作…