本を読むことに意義はあるのか

なぜか小学校の頃の記憶で鮮明に残っているものがある。クラスの三十人ほどで、討論を行う授業だった。 題は「本とテレビはどちらがいいか」だった。 どちらの立場で討論に参加するかは各自で決めていいとの事だったので、僕は迷わずに本側に着いた。そうし…

資格は誰のためにあるか?

レッテルというものがあまりに嫌いすぎて、肩書き社会を生きたくない、という一匹狼にありがちな思考が自分の中にも確かにある。 一匹狼に、資格はいらない。自分の能力を見定めることができるのは自分だけだと周囲をどこか冷めた目で見ているし、だからこそ…

集団からの撤退と始動

新年度になり、気持ちは不思議と安定してきている。 大学生という身分が消えたことで、何者でもない自分をぼんやりと俯瞰する。今まで1500円で見られた映画は1800円払わないといけなくなるし、学生証を見せると100円引いてくれた近くの定食屋での割引はもう…

"できない"を伝えること

大学を卒業してから進路がないので、バイトは当然、生活に必須のライフラインとなる。これをなくせば破産の道が待っていて、生活保護まっしぐらだ。 そんなバイトで、かなり気がかりなことがあって、その問題が最近、ようやく解決された。 大学二年生から続…

京都大学卒業にあたり ―私の体はどこにあるのか―

京都大学を卒業した。学生の身分を終えた今、見えたものを大事にしようと飛び込んだ総合人間学部の二年の期間は一瞬で過ぎたように思う。 この2年の間、就活や院試の勉強に自分は励むことなく、卒業した後には無職の道をたどることになった。直接の原因とし…

京都大学で転学部して分かった"渇きへの欲望"

卒業式を三日後に控えている。しかし、そうした実感がまるでない。 だから在学した証を少しでも残したくて、転学部を振り返る。自分にとって転学部を言い換えれば、「"渇き"に身を投じたこと」である。これは、一種の投身自殺かもしれない。 転学部した際の…

自死遺族をそっとしておくことは健全な策か?

昨日、初めて一日に二つの記事を書いたが、溜まっていたものをパッと出せたのですっきりした。性に関して加害と被害の関係から、男性視点で起き得る問題を指摘した。www.mattsun.work www.mattsun.work 性を加害被害の関係でしか捉えられてこなかった自分は…

男性にとって女性は”報酬”なのか【後編】

前回の記事の続きです。www.mattsun.work 前回、セックスやジェンダーにおいて起こる加害と被害の関係を完全に取り除くのは不可能ではないかという話をしたところだった。加害者には「享楽を与える者」としての側面があることは認めなければならず、その恩恵…

男性にとって女性は”報酬”なのか【前編】

最近、性の対立構造について考えることが増えた。長いこと考えてしまうと、それは大層生々しい気持ちになって後味が悪い。 別に、男と女というそれだけの話なのに、生々しい感情になってしまうのはどうしてだろうか。それは未だ自分が、男性と女性の関係を「…

嘘つき人間。

今でもよく覚えている。高校一年生の時、火曜日の一時間目は世界史の授業だった。 火曜日の朝、高校の最寄り駅についた時、僕は欠かさず行う一つの習慣があった。改札を出る時に駅員窓口を一瞥し、どこかの路線が遅延したことを証明する遅延証明書を探し、も…

死にたくて生きたい。

カーテンレールにもやい結びでたこ足をくくりつけると、私の気はとても和らいだ。首さえ通せばここでいつでも死ねるという安心感と、今まで自分の一人の空間として大事にできた家の空間を、自分だけの処刑台にできたような満足感。死にたくなったらいつでも…

心配されることへの”抗議”

「人に心配をする」という感情がある。 知っている人が事故にあったりなんかした時に、その人の安否や状態が気になって「大丈夫かな、無事かな」なんて思う。この感情を、我々は、他人を思いやる素晴らしい感情だとして教育されてきた。 しかし自分の身近に…

黒い春と、怖かったコーチ

今年の春も、黒そうだ。二年連続で、黒い春を迎えようとしている。 部活動、二回目の引退。僕の部活生活は、二回目も続かなかった。 一年目は、言うまでもなくコロナと、あとは病気になったことで練習にもあまり行けなかった。 二年目は、コロナと病気が収ま…

人と付き合う、5%の法則

もし義務教育から「人間関係」を基準に成績が付けられていたら、僕は高校にすら進学できていないと思う。人と付き合う上で、何か重要なものが欠けているとも思う。しかし、人と一切の付き合いをしなくても良い人間はいない。だから、人間関係を構築するうえ…